臆病者の恋は教室に眠る

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臆病者の恋は教室に眠る

 恋とは、〝する〟ものではなく〝落ちる〟ものらしい。  高校に入学して間もない頃、友人から聞いた言葉だ。  なんだそれ、と鼻で笑っていた当時の私が今の私を見たら、どんな顔をするだろう。  バレーの強豪校だからという理由でこの高校を選んだ、恋の〝こ〟の字も知らなかった人間だ。それは愉快な顔を晒してくれるに違いない。  他人の足音の区別なんて、つくはずがないと思っていた。  それなのに、耳を(そばだ)てては、静かに、静かに、私は君の足音を追っていた。  ひと目惚れなんて、あるはずがないと思っていた。  それなのに、目を瞬かせては、密かに、密かに、私は君の背中を追ってしまっていた。  ――そんなことを三年も繰り返しているうち、とうとう明日は卒業式だ。  自分たちの教室は、なんだか妙にちっぽけに見えた。  誰もいないからかもしれないし、もしかしたら私がそうと気づかなかっただけで、最初からちっぽけだったのかもしれない。  学校という大きくも窮屈な箱の中、私たちは長い人生のうちの何年かを共有しただけで、先生やクラスメイトの中にだってもう二度と会わないだろう人もきっといて、君もそうなのかもしれなくて……それでも。  明日、ぎりぎりまで迷う。多分。  ばいばい、そう笑って君に手を振る瞬間まで、私は。  伝えればせっかくの友人関係が壊れるかもしれない、そう思って胸に秘めてきた。  けれど、こんな気持ちを持て余したきり卒業を迎えることになるのなら、もっと早く伝えていれば良かったのかもしれない。  知らなかった。  自分がこんなに臆病だったなんて。  恋が、こんなに苦くて息苦しいものだったなんて。  知るまでは、甘い甘い砂糖菓子のようななにかだと思っていた。  自分とは無縁の代物だとも。  腰を下ろしてみる勇気は、やっぱり出なかった。  ちらりと君の席を一瞥して苦笑した後、私は西日に染まる教室を後にした。 〈了〉
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