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「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
私は婚活アドバイザーとして、プロ意識の欠片もないその愚鈍な女の提案を、ぴしゃりと撥ね退けた。
「え? でも誠実でとてもいい方だと思いますよ? 確かに鈴木様のご要望の全てを満たしてはいませんが…。公務員で安定しているし、年収は500万円以上。バツ歴も無いし、長男でもありません。それに…」
「全く話になりませんわ。あなた、私の要望を理解なさってる? ここに書いてありますよね? 年収は最低でも1000万です。できれば1500万以上。だいたいねぇ、その方の年齢…、もう40歳を過ぎてらっしゃるじゃありませんか!? どうして、そんないい方が40歳も過ぎて結婚歴が無いんです? 何か性格に問題があるんじゃないですか?」
アドバイザーの営業スマイルが見る見る瓦解していくが、私の不満は止まらない。
「もう一度申し上げます。何度も言いましたが、お相手の年齢は40歳以下! これだけは何が何でも譲れません。それに学歴。失礼ですがこの方の出身大学…、全く存じ上げませんわ。これじゃお話にならない」
「しかし、鈴木様。すべてが要望通りというのはいくらなんでも…。鈴木様のご年齢を鑑みても、妥協点を見出さないと…」
「妥協ですって!?」
妥協。
私の一番嫌いな言葉だ。私は理想の自分になるために、どんな努力も惜しまないでやって来た。妥協したことなど一度もない。週に一度は美容院に通っているし、流行に乗り遅れないように、洋服も常にトレンドを意識したハイブランド。化粧品だって最高級品だ。食事は特に妥協しない。食事は美しさの源流だ。最高のレストランで食物繊維とビタミン、たんぱく質がバランスよく配合されたセンスのいい食事を摂るようにしている。さすがに毎日とはいかないけど。
顔。これは美しさとイコールと言っても過言ではない。なのに、多くの女性が自分の造形に無頓着なのを私は知っている。私には考えられないことだ。私は理想の自分になるため、顔のお手入れも欠かさない。そう、お手入れだ。メス入れでも、ノミ入れでも、コラーゲン入れでもない。これらはすべて人の手によってなされるメンテナンス。だから“お手入れ”と私は呼んでいる。
美しさに対して一切妥協しない私の姿勢は、多くの支持を集めている、というか羨望の眼差しで見られている。新しい洋服をセンス良く着こなしたり、豪勢なディナーとワインを楽しんだりするだけで、SNSの私のアカウントには数えきれない“いいね”評価とメッセージが送られる。
そう、私はインフルエンサーなのだ。
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