理想の婚活

2/7
前へ
/7ページ
次へ
 私は婚活アドバイザーに詰め寄った。  「この際はっきり言いますけどね、私の本来の目的は婚活じゃないんです。妊活なんです。優れた遺伝子と結合して優秀な子供を授かるのが本当の目標。婚活はその準備。準備の時点で手を抜いて本番で勝てる競技がありますか? だから妥協なんて絶対できません! どうかあなたも私と同じ真剣さでお仕事に取り組んでいただきたいものだわ」  妥協しない生活には人知れない苦労もある。プロのアスリートが、競技以外の全てを犠牲にしているように。  カードの支払いはリボ払いにして、なるべく直近の出費は抑えている。が、借金の額は膨らむばかり。催促の電話も鳴りやまない。少しでも収入を増やすために仕事も変えた。夜蝶となった自分も中々魅力的だったが、思うように収入は伸びなかった。退勤後に客と落ち合いデートを重ね、さらなるサービスを強要し、上乗せをねだったりもした。結局、店にばれて解雇される羽目になったけど。  そして、老いに対する不安もあった。いくら身綺麗にしてお手入れを頑張っても、確実にやってくる老化をせき止めることはできない。そうなったらいつまでも若い魅力に対抗し続けるのは不可能だろう。  私はアカウントに群がっているフォロワーたちが去っていく様を想像して怖気が走った。インフルエンサーからの凋落、それは私のアイデンティティを崩壊させる最悪のシナリオだった。  そこで私は妙案を思いついた。  そう、婚活からの妊活だ。  高収入でイケメンの夫とその遺伝子を引き継いだ子供。SNSで展開されるのは子供の成長と成功の記録。そして家族の絆。誰もが羨むカースト上位の華やかで愛に溢れた世界。私のアカウントは何十万ものフォロワーの羨望を纏いながら、いつまでもどこまでも昇華していくことだろう。  だからこそ、お相手のスペックに関しては一切妥協するわけにはいかない。  アドバイザーの青ざめた顔に唾を飛ばしていると、奥から慌てた様子で責任者らしき男が飛んできた。顔一面に愛想笑いを浮かべて私を宥めにかかる。  「いやいやお客様、これは大変失礼いたしました。ご要望に沿わない提案をしてしまい誠に申し訳ございません」  ハンカチで額の汗を拭きながら、男は愚鈍な女を奥に追いやると私の前に座りなおした。  「鈴木様、実は当相談所にはオプションサービスがありましてね。是非お試しになってはいかがでしょう? このサービスを利用したお客様の結婚成約率はですね、なんと87%です!」   私の眉がピクリと動く。  「何なの? そのオプションサービスって?」  「実はアメリカのある研究でですね、幸福を感じている夫婦達にはある共通点があることが分かったのです。この研究を基に、当社が開発したマッチングプログラムは、将来の幸福予想が最大になる組み合わせを自動的に抽出するのです」  「でも、そのお相手に私の要望は反映されるのかしら?」  「残念ながらプログラムが抽出したお相手は、必ずしもお客様の要望をすべて備えているわけではございません。ただ、このプログラムが選び出したお相手は、必ずや鈴木様を満足させることでしょう。それはもう過去のデータが証明しておりますので、はい」  「ふーん…、ちょっと面白そうね」  何とも胡散臭さを感じたが、興味を惹かれて私はそのサービスを利用することにした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加