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高層マンションの最上階に吉見は部屋を借りていた。大理石仕様の玄関でヒールを脱いで室内に上がる。広いリビングに招かれて私は思わず息を飲んだ。
無機質でいて洗練された空間。インテリアの数々はおそらく有名デザイナーによるものだろう。吉見が電動のブラインドを上げるとガラスの向こう側に色とりどりに煌めく夜の街が一望できた。
なんてSNS映えするロケーションだろう。
私はスマホを取り出すと、角度によって表情を変える美しい景色を次々と画像に保存した。
「さあ、飲み直そう」
シャンパンと二つのグラスを手にした吉見が窓ガラスに映る。私は少女のようにドレスを翻して振り返ると、そのまま吉見の胸にしなだれかかった。そして密かに決意する。
今夜、何としても婚活から卒業するわ。
***
目覚めると私はキングサイズのベッドでシーツに包まっていた。周りを見渡すが吉見の姿は見えない。ベッド脇のナイトテーブルに吉見の直筆のメモが残されていた。
『朝食を買い出してくるよ。ゆっくり寝ていて』
二日酔いで頭痛がする。昨夜のことはよく覚えていなかった。衣服に乱れは無かったが、吉見と一夜を共にした事実に変わりはない。
私はハンドバックに手を伸ばしてメンソールの煙草を取り出す。吐いた紫煙が揺らめくのを見ながら、笑いを止めることが出来なかった。
結婚相談所のマッチングプログラムもなかなかやるじゃない。将来有望なお医者様とインフルエンサーの私。うん、なかなか釣り合ってるんじゃない? これからいっぱい贅沢をしてSNSで発信しなくちゃ。それと私のアカウントを彩る可愛い赤ちゃんもね…
一人で悦に浸っていると固定電話の呼び出し音が鳴った。しばらく放置していると留守番電話に切り替わる。
『吉岡だけどぉ、多治見さん? 今日もいないの? また電話しまーす…』
ガチャリと留守番電話は切れてしまった。どうやら間違い電話らしい。
その瞬間、私はふと奇妙な違和感を覚えた。この部屋にはあるものが欠けている。どの家にも一つや二つは必ずあるはずのもの。
この部屋には写真がない。
友人、同僚、親子との思い出…。写真というものが、この部屋には一切見当たらないのだ。
私はベッドから這い出るとリビングに向かう。テレビ台の隣に大きめのチェストがしつらえてある。引き出しに手をかけると…
開かない。施錠してある。
私は妙な胸騒ぎがした。男の一人暮らしがわざわざチェストの鍵をかけるだろうか? どうにも不自然に思えた。
私は鍵のありそうなところを片っ端から物色する。はたして、窓際の観葉植物の根元を掘り返した先に小さな鍵を見つけた。
こんなところに鍵を隠すなんて…… 明らかにおかしい。
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