理想の婚活

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 私はすぐにチェストの鍵穴に、見つけた鍵を差し込んでみる。見事にその鍵は半回転してロックが外れた。ゆっくりと引き出しを開けて中を覗き込む。そこには無機質なインテリアに不釣り合いなほど、様々な書類が乱雑に詰め込まれてあった。その一つ一つを取り出して確認する。  いくつかの写真を見つけて困惑する。写っているのは見知らぬ中年女とその友人、あるいはその恋人か。明らかに吉見では無い。次々と写真を取り出して確認するが、そこに吉見の姿は一切写っていなかった。続いて、他の書類も検める。公共料金の領収書がいくつか入っていた。宛名を見てさらに困惑する。どの書類にも“多治見香織様”とあった。  どういうこと? どうして吉見の部屋に多治見香織なる人物の公共料金の明細が届くわけ?  それから私は恐ろしい想念に囚われる。しかし、思い当たった以上、確認しないわけにはいかない。  ベッドルームに引き返してスマホを手に取ると、吉見が勤務する大学病院を検索する。  数回の呼び出し音の後に、時間外受付に繋がった。  『はい。○○大学病院、休日受付ですが』  『あの、そちらに吉見先生は勤務していらっしゃいますか?』  『はい?』  『いや、ですから脳神経外科の吉見先生。…いらっしゃるなら初診予約をとろうと思ったもので…』  しばらく、警戒するような沈黙が続いた後、電話の向こうの声が低くなった。  『そのような医師は当院には在籍しておりませんが?』  私はスマホを取り落としそうになる。何とか、正気を繋ぎ止めて食い下がった。  『そんなはずありませんわ。脳神経外科の吉見先生。必ずそちらにいらっしゃるはずよ』  『あの…、悪い冗談ですか? あの事件を知ってて、からかってるんなら本当、迷惑なんで…、切らせてもらいますね』  受付係はそれだけ言うと、通話を一方的に絶った。  吉見が在籍していない? あの事件…?  私は胸騒ぎが一層激しくなるのを感じた。何かがおかしい。  スマホ繰ると、検索エンジンに吉見のフルネームを入力する。表示されたネット記事のタイトルを見て私は声を失った。  “大学病院医師、禁断の実験に手を染める”  震える指で画面をスクロールすると次々とおぞましい文言が立ち現れる。  “禁断の脳移植、実験用のサルで実施か!?”  “生きた猿の脳を別の猿に移植!!”  “倫理審査を経ずに行われた暴挙”  “○○大学病院、マッドサイエンティストを懲戒解雇に”  何よ、これ……、 これって吉見がやったこと? なんだかよく分からないけど、恐ろしい実験を勝手にやって病院をクビになったってこと!?  瞬間、口と鼻を同時に塞がれて私は激しくのけ反った。拘束から逃れようと必死に抵抗するが、強靭な力で押さえつけられ、私の手足は空しく空を切る。やがて目の前が霞んでいくのを感じる。どうやら薬品を染み込ませたガーゼで口元を塞がれているようだ。ぼやけていく視線の先に吉見の顔があった。何の光も宿さないその瞳は、まるで和紙に垂らした墨汁の染みのようだった。そして視界が暗転した。
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