吾輩は犬である

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 西暦二千九十二年のある日。時間旅行局歴史矯正部の一室。 「こいつらを紀元前から捕獲してきました」  上司にそう言って、部下の局員はテーブルに載っているケージを目で示した。ケージの中には二匹の猫がいる。 「我々の調査によりますと、猫という生物は紀元前のある時に突然現れたのです」 「つまり、誰かが現在から過去に持ち込んだということだな。時間旅行規則の歴史改変の罪だ。重罪だな。違反者の身柄は確保したか」 「もちろん確保しました。そいつは、クレオパトラと懇意になりたくて贈ったそうです。クレオパトラは猫好きですからね」 「なるほど、クレオパトラか。さぞ美人なんだろうな。その犯人の気持ち、分からんこともないな」  上司のいかめしい顔が緩んだ。 「二匹は雄と雌の(つがい)だったので、繁殖して子孫を増やしたのでしょう」 「そいつらが猫の先祖というわけだな」 「ええ、そうです。ご心配なく、すでに歴史はもとに戻しましたから。あれっ、猫の体がぼやけてます」  部下が言うように、ケージ内の猫の体が透けて向こうの景色がうっすらと見えている。 「猫の先祖がいなくなったんだから、この猫たちは存在しないということだ。親殺しのパラドックスだ」 「じゃあ、この猫だけではなくて、世界のすべての猫が消えてしまうということですね」 「見ろ。体が消えてゆく」  二人が見ていると、猫の体はしだいに薄くなってゆき、空気に溶け込むように消えてしまった。 「猫が消えました」  部下は驚きの声を上げたが、上司は、 「ネコ? 何だ、それは」 「この中に……えーと、この中には何がいたんだろう」  ケージを見ながら部下は首を捻った。
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