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出奔と疑惑
その後、止める友人さえ振り切って、エンはこの隠れ家から立ち去ってしまった。
「……何故か、ジャックも止めなかった」
ジュラが、頭を掻きむしりながら嘆いた。
ランと同じような白髪だが、肌の色も透き通るように白く、赤い瞳を持つ東洋の男だ。
そのジュラと性別だけ違う、同じ色合いのジュリがおっとりと首を傾げた。
「エンが、まっとうに生きれるのか心配だけど……決意は、固かったのね」
「そうなんだよな……親父も、あいつが足を洗う覚悟をしてるなんて、思っていなかったらしい」
だからこそ、カスミはあそこまで驚いたのだろう。
余りに仰天していたので、どこかで天災でも起きるかと心配したが、すぐにいつもの父親に戻ってくれ、自分たちの周りで何かが起きる気配もないので、今のところは安堵していた。
が、疑問は残っていた。
「元々、足を洗う機会を伺っていた所に、旦那の思惑を知らされて、丁度いいと思い立ったってところが、一番あり得るな」
唸ってからジュラが言うと、妹も頷いた。
そこまでは考えられるが、その足を洗う理由に、心当たりがない。
三人が仲良く唸る様を、机の足元に座る猫は、静かに見上げていた。
長くやわらかな毛並みのその黒猫は、緑色の目を細めて口を開いた。
「出て行ったエンを、ロンが探り始めた」
さっき出て行ったから、追跡は難しくはないだろうと言う猫を、ランは見下ろした。
その目には、困惑がある。
「そこまでして、繋ぎ止めたいのか? 親父の事だから、まだ見つかっていない子供の、一人や二人いるんだろう?」
事実、カスミと自分の故郷の国に、腹違いの弟の子供らしい若者がいる。
今は亡き右腕の男との約束を守るため、手当たり次第ではないものの、女を引っ掛ける事は続けているはずだ。
「いても、まっとうな人間として生きて死ぬ子の方が、多いらしいわよ。ロンがそんな事を言っていたけど、違うの?」
「初耳だ」
一族の住まう地から抜けた事で、そういう事には係わらないと思っていたから、ランは自分の体の事もあまり分からない。
白髪になるに至った時に、少しだけ父親に聞いたが、それ以外は気にする話ではないと考えていた。
だが、自分に係る事態になるのなら、もう少し詳しく聞いておいたほうがいいかもしれない。
「その、足を洗う理由を突き止めたら、どうする気なんだろうな?」
「そりゃあ……」
考えながら、ジュラの不安の混じる疑問にあっさり答えかけて、ランは我に返った。
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