無彩色の部屋

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無彩色の部屋

 人間の身体にある四十六本の染色体のうち、二十三番目が性染色体。母親が持つX染色体と父親が持つY染色体。そのどちらを引き継ぐかで性別が決まる。さらに言うならば、遺伝子情報の配置だけで、本人の意思をも超えて思想も恋愛対象も決まる。  ベッドに横たわった男は、虚空を見上げ、気だるい空気を存分にふくませてそう言った。  白いシーツには男の骨格をなぞるように乱れた皺が残っている。ぼくはひときわ深く、大きくカーブを描いた皺に指を滑らせながら、相良識(さがらしき)という美術教師に見入っていた。  涼し気な目元、目じりに影を落とす長いまつ毛、流れるように伸びた鼻筋と、高く引き締まった小鼻。白く透き通った肌は、薄い水の張った陶器を思わせた。ところどころ小さいホクロがある。  ぼくは端正な横顔に浮かぶ黒点を、星座のように線で結びながら、女子生徒たちの嬌声を思い出していた。  相良先生は三十歳を一つ、先月に飛び越えたばかりだ。背が高く、華奢な体つきは大人より青年を思わせた。ぼくは、シャツをとがらせる細い肩が好きだ。  彼が学校の廊下を行くと、すれ違う女子生徒たちの顔にはっとした表情が浮かんだり、中には嬌声を上げて纏わりつこうとするものもいた。異性に示すひそかな、ときにはあらわな関心。はなやぐセーラー服を見るたびに、ぼくたちの関係はなにかの間違いなんじゃないかと思ってしまう。
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