プロローグは鮮やかに

1/6
101人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ

プロローグは鮮やかに

 千紘が泣いている。  まるで色彩を強制されたかのような、灰色の瞳で泣いている。おれの手をすり抜けた千紘が、夕暮れの校舎に吸い込まれていく。  離れていく背中を見つめながら、美術室から漏れる会話を思い出していた。  相良識の柔らかくもどこか影のある声。  そして、一生懸命に受け答えをする千紘の細い声。その二つが頭の中で再生されると、握った拳に力が入った。そういえば、職員室で相良識が結婚すると知った時も、手のひら握っていたと思う。 「彼女とは大学時代からの付き合いで、両親とも面識があるんですけど‥‥結婚したら果樹園を手伝うよう言われてて‥‥」  おめでとうございます、の華やかな拍手の中心で、相良識は頭を掻きながら言った。  おれは幸せそうな顔を前に、心の中で舌打ちする。結婚を前提とした彼女がいながら、千紘に手を出したやつが作った果物なんて、死んでも食べたくなかった。  嫌悪すると同時に怒りの念を送っていると、なぜか相良識が振り向いた。こちらを真っ直ぐに見据える瞳は、理性的で冷たく、少し魔性的にも見える光を放っている。  この瞳は、おれの知らない千紘の姿をたくさん映してきた。と、嫉妬を覚えるのと同時に、おれは相良識へ向けて視線を返す。  あなたは、本当に千紘を愛していたんですか。  どんな覚悟で男を抱いたんですか。いや、そもそも千紘を受け入れる覚悟があったんですか。自分に向けられた好意を弄んだことに罪悪感はないんですか。  おれは、千紘を傷付けるあなたが嫌いです。だから、あなたの考えを全力で否定します。  目が合った一瞬の短さゆえなのか、二人の時間が止まったように感じた。そして今おれたちは、視線を通して腹の中を探り合っている。少し上がった口角を見れば一目瞭然だった。  相良識はおれが千紘に抱いてる感情を知っていて、わざと視線をぶつけてきたのだろう。だからおれは目を逸らさない。こいつにだけは負けたくないと思った。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!