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第3話 青天の霹靂
春風に、明るいオレンジのマントと金色の髪が揺れる。
甲冑の上から隊長を示す長いマントを纏った金髪碧眼の男レインズは、風に誘われるように三階の渡り廊下から修練場を見下ろした。
そこでは、茶色がかった黒髪を後ろに撫で付けた男が、入団したばかりのまだ若い団員達を指導していた。
レインズは思わず足を止め、渡り廊下の縁に身を乗り出した。
(あいつ……今日は休みじゃなかったのか……?)
現在、勇者隊の隊長でもある黒髪の男は、レインズよりも仕事が多い。
そんな中で、ほんの少しの休暇に、わざわざ新人指導まで引き受けなくとも良いだろうに。
給料だってほんの気持ち程度の、ボランティアのようなものだ。
(まったく……。少しは休んでくれよ)
あいつは自分の時間というものを確保できているのだろうか。
暇さえあれば、まだ若い少年勇者の顔を見に行っているようだし。
夜は夜で、隊員達に付き合って酒を奢らされている姿しか見かけない。
眼下では、近頃討伐成績と共に評判を上げつつある勇者隊の隊長という存在に十二分に鼓舞されているのか、新人達がいつもより真剣に剣を振るっている。
こちらの視線に気付く事もなく、黒髪の男は、変わらず威厳ある態度で指導にあたっていた。
くっきりした眉を厳しく寄せて、逞しい胸を張って、張りのある声で。
レインズは、その姿にどうしようもなく惹かれてしまう。
「……ルストック……」
黒髪の男から目を逸らせないまま、金髪の男はその名を小さく呟いた。
フッと陽射しを遮られ、レインズは背後に現れた男を振り返る。
「お前はまたこんなところで油を売って……」
自分達の甲冑と違い、煌びやかな装飾の多い甲冑に、光を返す銀色のマント。
肩下まで伸ばされた淡い金髪と同じ、淡い金眼に鋭く睨まれ、レインズは思わずギクリと肩を揺らした。
「団長!?」
団長と呼ばれたのは、この王立騎士団を束ねる立場にある男だった。
男は渡り廊下の縁の手すりを掴むと、レインズの視線の先を確認して小さく肩をすくめる。
「ふむ。ルストックを見ていたのか」
「っ……」
はいともいいえとも答えきれず、レインズは自分を見下ろす淡い金の視線から逃げるように、じわりと目を伏せる。
「お前の健気さには、いよいよ涙が出るな」
(どういう意味なんだそれは。俺を不憫がってるのか?)
レインズの伏せた視線が、階下で揺れる黒い頭を、落ち着いた焦げ茶色のマントを、自然と追ってしまう。
やたら整った顔の騎士団長は、そんなレインズの様子をじっと見てから、ゆっくり口を開いた。
「……ああ、もうあれから三年が経つな。そろそろ良い頃だろう。あの時の言葉は取り消そう」
「……は?」
唐突な前言撤回に、レインズが思わず間抜けな声を零す。
「今まで、お前の自由を奪って悪かったな」
悪気があるようにも、謝罪をしているようにも見えない氷のような表情で、けれど騎士団長ははっきりとそう言った。
「はあ!?」
「お前は……口の利き方がなってないな。ルストックですら、抗議の時も敬語だぞ?」
突然の展開についていけないらしい部下を、冷たく窘めつつも、騎士団長はほんの少しだけ表情を崩した。
「そ、え、そ…………え!?」
言葉を見つけられないまま、動揺に口を開いたり閉じたりしている哀れな部下に、団長は口端を持ち上げて言う。
「ルストックに、お前のその重っ苦しい想いを叩き付けてやれ。と言っているんだ。大層面白い顔が見られるだろうよ」
……まあ、今のお前も大概だがな。と付け足して、
団長はクックッと喉の奥を鳴らして笑う。
「わ、私には……そんなつもりは……」
レインズは、顔を顰めて何とかそれだけ答えた。
騎士団の長は、秀麗なその眉をピクリと跳ね上げて、底冷えするような声で聞き返した。
「ほお? このままでいいと言うのか」
その威圧感に、知らず、レインズは全身に力が入る。
「ま、お前がいいなら私の知ったところではないが。言わぬでも、付き合うでも、どちらにせよ隊員達の士気を落とすことのないようにな」
さらりとなされた忠告に、レインズは耳を疑う。
「つ……付き合えると、思うんですか、団長は……」
思わず聞き返してきた部下に、背を向けかけていた団長が足を止め、顔だけで振り返る。
「あれは情に厚いやつだ。お前をそう無下にはできまいよ」
ああ、きっとそうだろう。とレインズも思う。
けれどそれは、一番、やってはいけない事だと思っていた。
「それは……。……それは、あいつに無理を強いるだけで……」
絞り出すように答えた掠れた声に、団長の視線がほんの少し呆れた色になる。
「ふむ。お前はもう少し聡い奴かと思っていたんだがな。まあ、私がわざわざお前を止めていたのは何故か、考えてみる事だ」
それだけを告げると、団長は銀のマントを翻し、コツコツと足音を響かせながら去って行った。
その背を呆然と見送ったレインズが、青い瞳を伏せる。
伏せた視界の端で茶色いマントが翻ると、レインズの青い瞳はまるで条件反射のようにそれを追った。
レインズの瞳は、ずっと……、ずっと昔から、ルストックを追い続けていた。
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