第1話 騎士団長の忠告

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第1話 騎士団長の忠告

その日、一日の仕事を片付け、面倒な報告書もまとめ終え、やっと帰ろうかという折に、レインズはなぜか騎士団長の執務室へ呼び出されていた。 レインズは鮮やかな金髪を後ろで一つに括った金髪碧眼の優男だ。 甲冑は一般の騎士達と同じデザインではあったが、それよりも質の良いもので作られ、肩からは目を惹くオレンジ色の長いマントを下げている。 騎士団では、長マントは中隊長以上の者が纏う物で、彼は、三十人規模の隊員を率いる中隊長だった。 重い扉にノックをすれば「入れ」と短い返事が返る。 中では、騎士団長が一人きり、レインズを待っていた。 既に人払いをしてあったのか、いつもの秘書官の姿は無い。 レインズは、一体何を言われるのかと僅かに身構えたが、騎士団長は「新しい勇者の事だが……」と切り出した。 今年新たな勇者に選ばれたのは、歴代最年少となる青年だった。 まだ十七歳の、若過ぎる新米勇者が所属する隊を率いるのは、レインズの学生の頃からの親友で、真面目で温かい人柄の中隊長、ルストックだ。 ルストックは、くっきりとした実直そうな印象の眉に、彫りの深い顔立ち。 黒い瞳は小さくて白眼がちな印象だったが、それがどこか可愛いとレインズは思う。 茶色がかった黒髪を全て後ろに撫で付けているせいか、そのやけに落ち着いた物腰のせいか、俺と同じ歳の癖に、入団した頃から俺よりもずっと老けて見られていた。 ルストックの姿を思い浮かべると、レインズの鼓動はほんの少しだけ早まった。 あいつはもう帰っただろうか。 新米勇者を抱えて、あの隊は隊長の書き物だって増えているはずだ。 俺が戻ってもまだ書類と格闘しているようなら、ちょっと手伝ってやるとするか。 レインズはそんなことを思いながら、騎士団長に視線を戻す。 騎士団長は暗くなりつつある窓辺を背に、新勇者が勇者の仕事に馴染むまでの期間がいかに大事かという話を続けている。 レインズは内心首を傾げた。 これは、わざわざ俺が一人で呼び出されて、聞かされなきゃならない話しなんだろうか? 「分かったか?」 騎士団長の淡い金色の瞳が、抉るような鋭さでレインズを睨む。 レインズは的を射ない様子のままに答えた。 「は、はい。分かりました……」 騎士団長は、まるで分かっていないレインズに、大仰にため息をついて要約する。 「つまり。ルストックには、手を出すな。と、言いたいんだ」 レインズが、びくりと肩を揺らす。 驚きに見開かれた青い瞳が淡い金色の瞳を見返すと、団長は目を細め低く笑った。 団長に、なんと答えたのかは覚えていない。 ただ、レインズの頭の中は「どうしてそれを」という言葉でいっぱいだった。 本人にだって気付かれていないこの思いを。 突然、上司から、しかも『手を出すな』なんて。 予想もしなかった展開に、レインズはただただ困惑していた。 執務室を出て少し歩いた辺りで自然と足が止まり、呆然と立ち尽くす。 どのくらいの時間そうしていたのか。 そんなレインズに、気さくに声を掛けてきたのは、当のルストックだった。 「お? なんだ珍しいな、説教か? こんなとこでどうし――」 揶揄うような、それでいて励ますような、温かいルストックの言葉に、レインズが思わず後退る。 びくりと大きく揺れた肩。 いつも余裕たっぷりの青い瞳が珍しく追い詰められた色をしているのを見て、ルストックは顔色を変えた。 「……何か、あったのか……?」 レインズは、青い瞳を逸らすと、首を振る。 「い、いや何も……」 その様子に、ルストックはキリリとした眉を力強く寄せた。 ルストックにとってレインズは、どんな些細な事も、人生を左右するような大事な事も、互いに何でも相談し合える相手だと思っていた。 そんな親友に。あからさまに何かあった様子の親友に、首を振られたと言う事は、つまり……。 ルストックは、一直線に騎士団長の執務室へ向かうと、ノックとほぼ同時にその扉を勢いよく開けた。 「団長っ! レインズに何を言ったんですか!?」 騎士団長は、突然の来訪者にさして驚く様子もなく、面倒そうにルストックを一瞥して答えた。 「……なんだ、あいつが何か言ったか?」 「それが、何も……。ただ、酷く思いつめた様子だったので……」 実直に答えるルストックに、騎士団長は苦笑を返す。 「あいつの隊は最近遅刻者が目立つものでな、ちょっと注意したまでだ」 「それだけで、レインズがあんなに……」 「で、ついでに尻を撫でてやった」 「なんでですか!!」 ルストックは力一杯叫ぶと、信じられないものを見るような目で団長を見た。 団長は楽しげに口端を上げると、余裕たっぷりのゆったりとした口調で答える。 「あいつもまんざらじゃ無さそうだったぞ?」 「そんなわけないでしょう!!」 一瞬の躊躇いもなく一刀両断にされて、騎士団長は堪えきれず笑った。 (こりゃダメだな)と、内心でレインズに僅かに同情しつつ。 「ハハハ。冗談だ」 「はぁ……これだから団長は……」 ルストックは、団長の様子から、どうやらレインズの抱えた問題は自分には明かすことの出来ない極秘事項なのだと判断したらしい。 渋々ながらも、ルストックが丁寧に礼を述べて去る。 騎士団長は、その後ろ姿を見送った後、しばし何かを考えるように目閉じた。 自身の顎をゆっくりと指でなぞってから、おもむろに椅子から立ち上がると、窓際へ歩む。 窓から見下ろせば、レインズは執務室に入ってしまったルストックを待っていたのか、二人が並んで本棟から出たところだった。 何の話をしているのか、ルストックがどこか恥ずかしそうに、けれど朗らかに笑う。 レインズの青い瞳は、相変わらずルストックを懸命に見つめていた。 (あの熱視線に気付かないというのも、大したもんだがな……) ひとまず釘も刺した事だし、あいつらに問題は起こらないだろう。 むしろ、あの様子では、このまま永遠に二人は親友で終わるのではないか。 もちろん、それで良いと言ってしまうのなら、それで良いのだろう。 世間一般的に、何一つ、まずい事ではない。 騎士団にとっても、この国にとっても。 「……どうしたものかな」 それを頭で理解していても、それでも、可愛い部下が幸せになるチャンスがあるならば、手を貸してやりたくはなる。 派手な見た目の男は、誰もいない執務室で、淡い金の髪を揺らし、ひとり小さく息を吐いた。
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