第5話 花のような

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第5話 花のような

目が覚めたら、朝だった。 頭が痛い。 そっか、昨日俺、飲み過ぎて……。 俺は寝巻きではなかったものの、部屋着を着せられていた。 ……これ、ルスが着せてくれた、ん、だよな? 多分、寝巻きが見つからなくて、適当に着せてくれたんだろうな。 他に誰もいない寝室を見渡す。 起き上がると、尻が痛かった。尻に体重がかかるとずきんずきんする。 入り口は、服に擦れる度ヒリヒリしていた。 その痛みに、ああ、よかった。夢じゃないな。と俺はひどくホッとする。 見れば、昨日のバスローブが、ハンガーに干してあった。 ……まさか、あいつわざわざこれ手洗いして帰ったのか? そう思いながら、ひとまず水でも飲もうかと隣の部屋に移動すると、ソファにルスが寝ていた。 「!?」 えっ。 えっ!? まじで!?!? バクバクいう心臓を押さえながら、息を殺して覗き込むと、ルスはゆっくり目を開いた。 「……レイ……。おはよう」 ルスは、学生の頃のように、寝起きのふにゃっとした顔で柔らかく微笑んだ。 髪は全部は解けていなかったが、半分近く解けていて、さらさらとその額に頬にかかっている。 「……っ!」 「体は大丈夫か……? 痛むところは無いか?」 まだ眠そうな声が尋ねてくる。ルスの実直そうな太い眉がじわりと寄せられた。 「ぁ、大丈夫……」 寝起きのルスは、あれから二十経っても、やっぱり可愛すぎた。 俺は真っ赤になる自分の顔に堪えきれず、両手で顔を覆った。 「……隠さないでくれ」 なんでだよ!!! 俺は、お前に情けないとこ、見られたくねぇんだよ! 心で叫ぶ俺の手首を、ルスが掴んだ。 ぐいと手を避けられると、覗き込むルスの小さな瞳と目が合う。 「お前がすぐ赤くなる事くらい、知っている。レイ、俺に顔を見せてくれ」 「……っ」 ……そんな風に頼まれたら、断れないだろ……。 おずおずと両手を離すと、ルスはにこりと笑って言った。 「ああ、俺の嫁は、今日も美丈夫だな」 「なんっっっっ……」 なんつーことを言うんだ、おい!!! 『俺の』!?『俺の』嫁って言ったのか!? ルスが!? ってか俺が『嫁』か!? そこは確定なのか!!?? さらに真っ赤になって目を回している俺の顎を、ルスの温かい指が撫でる。 そのまま優しく引き寄せられて、口付けられる。 息が止まる。瞬きもできずにいる俺を、そっと離してルスが言った。 「まだ酒臭いな」 「っ……悪かったな」 「二日酔いか?」 「……まあ、な……」 情けなくて、目を逸らして俯いた俺の頭をルスが撫でる。 「……っ」 こいつ、こんなに触れてくる奴だったのか!? 一瞬、あの奥さんにも、毎日こんなふうに優しく触れていたのかと、胸に暗いものが過ぎる。 その暗闇を振り払おうとブンブン頭を振る。と、痛みにふらついた。 ルスは素早く半身を起こし、俺の肩を支える。 「何をやってるんだ。ほら、ここに座っていろ。水を汲んでくるから」 窘めるように言って、ルスは立ち上がる。杖を手に取って。 コツ、コツ、と杖の音が、静かな部屋に響く。 ルスはテーブル前で杖を置いて、それから水差しを取った。 「お、俺っ」 思わず声を上げた俺を、ルスが振り返る。 「俺、ルスの足になる! この先、ずっと、ルスの面倒見るから!」 ルスはちょっとだけ困ったように笑って言った。 「気持ちはありがたいが……。昨日も今日も、お前の面倒を見ているのは俺だぞ?」 うっっっ確かにっっっっっ!! 俺は、またも格好が付かずに赤面するしかなかった。 酔い潰れた俺の介抱も、寝てしまった俺の後始末も、全部ルスが…………。ん? 俺の、後始末って、俺の……まさか……。 立ち上がっても、歩いても、俺の尻から何かが出て来る気配はなかった。 いや、一晩も経てば吸収されたりする……とか……? 「ほら、ひとまず水でも飲んで、落ち着け」 コツ、コツと杖の音とともに、ルスが水を持って戻ってきた。 「あ、ありがとう……」 受け取って、口に含むと喉が乾いていた事に気付く。 ごくごくと一気に飲み干すと、ルスが空のコップを受け取った。 「もう一杯飲むか?」 「ああ、頼む…………じゃなくて!」 「ん? 要らないのか?」 「いや、いる。水のおかわりはいる」 コツ、コツとルスがまたテーブルへ向かう。 その背を見つめながら、俺は昨夜の後始末について思う。 まさか……。 まさかとは、思うが、ルスが……、ルスが俺の、尻から……っ!?。 その様子を想像すると、どうしようもなく体が熱くなる。 戻ってきたルスは、水を差し出して言った。 「お前、顔が赤いぞ、大丈夫か?」 「あ、ああ……」 俺は水をもう一杯飲み干すと、尋ねる。 「なあ、お前、昨夜、俺が寝てから何した……?」 ルスは空のコップを受け取ると、小さく首を傾げて答える。 いや、その仕草は可愛過ぎる……っっ。 「えーと。お前の体を綺麗にして、お前に服を着せて、バスローブを洗った。くらいか?」 「き、綺麗にって、具体的には?」 「中に出した俺のを掻き出して、体を拭いたくらいだな」 平気そうに答えてるが、何か、思うところはなかったのか……? 「腹の調子はどうだ? 痛むところは本当にないのか?」 真剣に尋ねられて、俺は正直に答えることにする。 「腹は平気だが、下は多少……痛いな。まあ、こればっかは仕方ねぇよ」 俺の言葉に、ルスは小さくため息を吐いて、俺の頭を抱き寄せた。 柔らかな胸に、顔が沈む。 いや、自分はそこまでムキムキじゃないので知らなかったが、ムキムキの胸って、力抜いてる時は柔らかいんだな。 昨日も思ったが、これはアレだろ。下手すりゃ巨乳レベルに揉み応えあるんじゃねぇの? まあ、ちょっと力入れられちまうとガチガチになるんだけどな。 「無理させて、悪かった」 「はぁ? いや、全然っっ。つか誘ったの俺だし! ルスはすげぇ、優しかった、し…………っっ」 反射的に答えて、それから赤面する。 昨夜、ルスが優しく俺の中を解してくれた、その感触が蘇って、下腹部が熱くなる。 真っ赤に染まる俺の顔を、ルスがじっと見下ろしている。 ふい、とルスが視線を逸らして、俺を抱いていた手を離すと背を向けた。 え……? ルスは杖を手にすると、コツ、コツ、とテーブルに戻る。 そこでルスも二杯、水を飲んでから、俺に背を向けたまま言った。 「じゃあ、長居したな。体、しっかり休めとけよ。また午後にな」 「え、ちょ……、ルス……?」 なんだ? 様子がおかしい。 いつも、別れ際には、必ず顔を見て挨拶する奴が、そのまま背を向けて帰ろうとしてるなんて。 俺は思わずその背を追いかけた。 「ま、待てよ!」 玄関前で追いついて、肩を掴むと、ルスの肩がびくりと揺れた。 が、ルスはこちらを振り返らない。 「お前……なんかおかしくないか?」 「……」 ルスの返事はない。
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