第5話 花のような

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ルスが困ったように眉を寄せて嘆息する。 けれどその口元は柔らかく微笑んでいた。 「泣くんじゃない」 ルスの指が、俺の涙を拭う。 次から次へと溢れて止まらない涙を、ルスは柔らかな唇で拭った。 それでも涙の止まらない俺を、ルスは優しく抱き寄せる。 「お前に泣かれると、どうしたらいいのか分からないんだ……」 苦しげな言葉に、俺が顔を擦ってルスを見ると、心底困った。という顔を見せてルスが苦笑した。 「お前は、こんなによく泣く奴だったんだな」 「……俺だって、驚いてるよ」 こんな……、こんな情けない俺は、俺だって知らなかった。 でも、こんな俺を、一番大切だと、ルスは言ってくれたんだ。 俺も、ルスの想いに応えたい。 ルスを、この世で一番幸せにしてやりたい。 「俺、ルスの事、絶対幸せにするからなっ!」 決意を胸に宣言すると、ルスは口端を上げて不敵に笑った。 「残念だったな。俺はもう十分幸せだ」 「なっっ」 そう言えばそうだった。確かにこいつは、もう十分に幸せだと言っていた……。 「いや、お前という伴侶ができて、十二分に幸せになってしまったな」 「っっっっっ」 「だから、これからは俺がお前を幸せにしよう」 ルスは実直そうな眉で、真っ直ぐな瞳で、柔らかな笑みを浮かべて、俺を見ている。 俺はその優しげな表情に、息をするのも忘れて見惚れていた。 「ゆっくりでいい。今まで聞いてやれなかったお前の思いを、全部聞かせてくれ」 俺の両肩を温かなルスの手が包む。 「お前が辛かった事も、全部俺にぶつけてくれたらいい」 ルスは俺の額に優しく口付けて、続ける。 「お前の苦しみは、俺が全部、受け止めよう」 …………おっ……男前ぇぇぇぇぇ…………。 何だこいつ。いや、わかってたけど。わかってたけど!! わかってたけどさぁっっっ!!! こんっっっっっな優しくて男前な奴、なんで今まで再婚してなかったのか不思議なくらいだよ!! いや、分かってるけどさ。 仕事が忙しくて、職場は男だらけで、そんな機会がなかっただけだって。 実際、学生の頃は三回告白されてたよな。 俺は知っている。 こいつが『自分は騎士になるつもりだから、いつ死ぬかわからないような奴を選ばない方がいい』とか言って断ってたの。 こっそり、覗いてたからな。 花屋の子の時も、そんな事言ってたけど、それを説得して告白させたのは、俺だった。 ルスが、幸せになれると思ったんだ。 でも結果的に、彼女とその子は死んで、ルスは、もっともっと寂しくなってしまった。 「俺……っ、俺さ……」 俺の言葉に、ルスは優しく答える。 「うん、なんだ?」 「ルスをあの子とくっ付けて……、その結果、ルスを悲しませてさ……」 「お前……」 「っ、ごめん、な……」 俺の顎に、ルスの温かい指が触れる。 くい、と上を向かされたところへ、ルスの唇が降ってきた。 ルスの分厚い舌で唇をなぞられて、俺はそこを開いてルスを受け入れる。 「ん……ぅ……」 ルスの舌は、俺を慰めるように、俺の内側を撫でさする。 俺の中が、ルスでいっぱいになって、温かくて柔らかいもので満たされて、何だか、ふわふわして力が抜けちまう……。 ガクンと膝の力が抜けた俺の腰をルスが慌てて引き寄せた。 「こら! 立ってる時に力を抜くな!」 ルスの声に危機感が滲んでいる。 そっか。片足で立ってんだから、俺の事まで支えらんねーのか。 よいしょ。と立ち直ると、ルスがホッと息を吐く。 「その懺悔は、あの後も散々聞いたぞ」 言われて、確かに蟻の一件からしばらくは、酔う度ルスに謝ってたなと思い出す。 「素面でも、謝っときたかったんだよ……」 「お前のような二日酔いのやつが、素面と言えるのか?」 「うぐ……」 言葉に詰まった俺の肩を掴んで、ルスがクルリと俺の向きを変える。 「ほら、もうベッドに戻れ。まだもう少し、休む時間があるだろう?」 片腕で杖をつきながらの癖に、ルスは器用に俺の背を押して、俺はあれよあれよと言う間に寝室前まで戻されてしまった。 「もう少しだけでも休んでおけ」 と言うルスに俺は思わず叫ぶ。 「っ、じゃあ、ルスが添い寝してくれるなら、寝る!」 ルスは半眼で俺を見て、ため息も同時に答えた。 「おいおい……。俺の嫁は随分と要求が多いな……」 俺の、嫁、て……っっっっ。 そ、その表現は、俺が恥ずかしすぎるんで、ほんっと勘弁してくれよ……。 ルスはそう言いながらも、俺と一緒に寝室に入ってくれる。 「足がこうでなければ、抱き上げて運んでやれたんだがな」 小さな呟きには後悔が滲んでいた。 が、俺にはそれより気になる事があった。 抱き上げてって、まさか、お姫様抱っこ的なやつか!? 絶対そうだろこの男前!!!! 俺は、ルスに横抱きにされる自分を想像して、赤くなる。いやぜっっったい恥ずかしいって!! ルスが怪我しててよかったなんて、思う瞬間がくるとはな……。 ベッドまで背を押され、俺はベッドに上がる。 ルスは、俺を寝かせたら、帰ってしまうんだろうか。 振り返り見上げれば、ルスは困った顔をしていた。 「……こんなところで赤くならないでくれ。襲いたくなるだろう?」 ……もういっそ、襲ってくれればいいのに。 でもルスは、そんな事しないんだろうな……。 ギシ、とベッドを軋ませて、ルスが動かない片足を両手で持ち上げつつベッドに上がってくる。 そっか、俺が一緒に寝てって言ったから……。 ルスはごろりと横向きに、片腕を枕にして横たわる。 「ルス……」 俺は、ルスに帰ってほしくなくて、どうすればルスを引き止められるか分からなくて、手を伸ばした。 ルスはその手をつかんでぐいと引き寄せる。 「ぅわ」 どさ、とルスの隣に倒れ込む。 「ほら、さっさと休め。せっかくの半休を無駄にするな」 そう言うルスは、もう目を閉じている。 うーん、真面目だなぁ。 彫りの深いその顔をじっと見つめていると、ルスが目を開いた。 「お前も目を閉じろ。何のために俺が添い寝してると思ってるんだ?」 ため息を吐くように、げんなりとルスが呟く。 そして、さっきから掴んだままだった俺の手を引き寄せると、俺の手の甲に唇を寄せた。 「なっ……!? 敬愛を示す動作に、思わず動揺する。 いや、意味合いとしては、俺の嫁と俺の姫は似たようなもんじゃないか。 って頭で分かっててもドキドキするもんはするんだよ!!!! ルスはゆっくり唇を離すと、閉じていた目を開く。 優しげな黒い瞳が俺を見つめて微笑む。 「ほら、もう寝ろ」 「っ、寝れるか!!」 思わず叫んだ俺に、ルスはキョトンとする。 っあーーーーっ、その顔が可愛いんだよ!! 「添い寝したら寝ると言ったのはお前じゃないか。前言撤回とは、騎士の名を疑われるぞ?」 「お前が心臓に悪い事ばっかするからだよ! こんな心臓バックバクで寝れるか!!」 「ふむ……?」 ルスは俺の背に手を回すと俺の胸に耳を寄せた。 ルスの意外と柔らかい髪が俺の顎をくすぐる。 って、お前昨夜は汗と酒臭かったのに、あれからうちの風呂使ったのかよ、良い匂いじゃねーか!! 「本当だな。それは悪い事をした」 俺の心音を確認したルスが、素直に謝る。 ぁあ、ルスは本当に可愛いな……。 俺が顔を寄せると、ルスは大人しく目を閉じる。 なんだよ、この、俺のキスを待ってるルスとか、夢じゃねぇのかよ、最高過ぎんだろ!! そっと唇を重ねる。ルスの唇はやっぱりあったかい。 こんな素直で可愛い奴、一人で帰して自慰させるとか絶対無理だわ。 いや、本当に、ルスが良くても俺が無理。 俺はルスの股間へと手を伸ばす。 まだじわりと熱を持ったそこを指先でなぞれば、ルスがびくりと肩を揺らした。
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