冬の明け、春の蕾

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冬の明け、春の蕾

「どうだった? おメガネに適う相手……じゃなかったらしいな」 「当たり前でしょ」  生徒会相談室なる、お悩み解決コーナーに戻って来た生徒会長は、その長い髪をかきあげた。椅子の上でふんぞり返る少年を一瞥すると、同時に少年はバランスを崩して背中から真っ逆さまに落ちていった。  岸野生徒会長はその美貌と知性、抜群の運動神経を以て、数多の男子生徒を虜にしてきた。  だが、どの男子生徒も玉砕が常だった。  今日の興梠で31回目の告白イベントである。ご苦労なことだ。 「誰とも付き合わないって触れ回ってるのに、どうしてこうも人の話を聞かない人が多いのかしらね」  無論、目の前にいる幼馴染の少年とも付き合うつもりはない。  彼もそれを分かっているから、今までずっと、何も言わないでいる。  その胸中の気持ちを蕾のまま閉じ込めて。 「桜の木の下か……」  椅子を置き直して座った少年。興梠のやりたいことは何となく理解したつもりでいる。卒業式といえば桜のイメージが強い。 「入学式ならもう少し雰囲気あったのでしょうけどね」  真理愛も興梠の思惑を分かっていた。だから敢えて行ってぶちのめした。 「君は誰かに告白とか、そういう……ことはないの?」 「告白どころか名前すら覚えられてねえな」 「流石にそれは……1年間同じクラスで名前すら覚えられてないのはどうかしてるわよ?」 「別に何ともねえしな。オレはお前が隣に居ればそれでいいと思ってる」 「告白するならもう少し雰囲気とか考えたほうがいいわよ?」 「いや? 純粋にお前が隣に居ればそれでいいと思ってるってだけだが?」  目の前にいる幼馴染の少年と付き合うつもりはない。  彼を好きでいる妹のために、私が好きになるわけにはいかない。  私の無茶振りに嫌々ながらも応えてくれた彼を、いつも細かいサポートをしてくれる彼を、私のことを理解して阿吽の呼吸で動いてくれる彼を、私は好きになるわけにはいかない。 「とっとと帰ろうぜ」 「先に帰ってて。私は生徒会の仕事をひとつ片付けてからにするから」 「これか? 真理愛が目を通せば終わるくらいにはやっておいたぞ?」  少年が手渡したピンクの紙ファイルに綴られた書類には、必要な部分がまとめられ、記入すべき項目も埋まっていた。 「珍しいわね。君が生徒会の仕事に手を出すなんて」 「ま、暇だったしな……」  少年は小さな嘘をついた。  冬の蕾のように、小さな小さな嘘を。 「じゃあ……行きましょうか」 「……ああ」  二人は揃って相談室を出る。鍵をかける音が廊下に響き渡った。  誰もいない学校。  二人だけの世界がそこにあることを、二人だけが知っている。  きっと、近いうちに、春が来る。
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