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ーーーーーー煙を吐く。その時だけは、現実で自分が生きているのだと実感する。
幻中恭介は、日々がまるで物語のように感じていた。だからこそ、雅楽の眩い光から逃れて寿命を縮めるこの時間が大切だった。そうでもしないと、死んでしまうまで非現実的な高揚感の中で踊り続けるだろうから。
彼は正しく狂っていた。雅楽を神だと疑わないまま、自分がただの人間だと言う事実を味わって、ジェットコースターみたいな毎日を生きている。
「よっすぅーきょーちゃん!」
煙の燻るベランダに勢いよく入ってきたのは四ツ谷だ。相変わらず艶やかな銀髪を揺らして、彼女は慣れた手つきでマルボロに火をつけた。
「相変わらず人相悪いね〜いい整形紹介しようか?」
「それ余計なお世話ってやつな」
息を吐くようにいじってくる四ツ谷を適当に受け流すのはいつもの事で、二人程煙草が好きな人が同世代でほとんど居ないせいで、二人は割と打ち解けた仲であった。
「ああそうだ」
思いついたように呟いた四ツ谷がズボンのポケットから出した携帯の画面に映っていたのは、四ツ谷と系統の同じギャルだ。
「かわいくない?」
「まあ整ってるんじゃないか」
「どう?合コン。」
何とはなしに聞いてくる様子から本気のお誘いだろう。しかし、恭介はフンと鼻で笑った。
「おい待てよ、行くと思うのか?俺が?」
含みを持った言い方に、四ツ谷の顔が不満を顕にした。頬を膨らませた彼女は、拗ねた口調で返す。
「べっつにー聞いてみただけだし。」
「はは、意味わかんねえー」
「うっさいわメガネ!」
恭介をポカポカ殴った四ツ谷は、年上でおとなっぽいって割と評価高いから連れて行きたかったのにーと本心を話す。彼女が言うには、年上の男は割増でかっこよく見えるらしい。
こんな生活だ、出会いの少ない仲間を気遣ってか単に人数合わせか、(彼女の場合後者のが有力に感じる)四ツ谷はよく仲間を自分と友人の合コンに呼ぶ。恭介はサシ飲みなら行くが、合コンは一度も参加していない。
恭介の魂はあの少年に喰われたままだ、彼より大切な存在など見当たらない。興味も示せないだろうから、と断れば、四ツ谷が呆れたように笑った。
「わかった、あんたは面子から外しとくよ。」
「まあ俺には可愛い恋人がいるからなあ。」
そう言っておどければ、いつも通りの茶番だ。フットワークが軽く飲みにもよく誘ってくる四ツ谷の誘いを断る時に、恭介はいつも雅楽を『恋人』呼ばわりして逃げていた。四ツ谷も誰の事だかなんてわかっていて、それで乗ってきている。
「やだ〜きょーちゃんたら〜ちょっと前まで一匹狼です〜みたいな顔してたくせにね〜」
「隠してただけで割と長いからな?」
「ふふふ、ほんと一途だねえ相変わらず」
いやに高いテンションでバシバシ肩を叩く彼女にツッコむ。彼女も裏社会の違うところで働いていたのが長い人間だ、恭介の存在は知っていたと聞いた。地獄から来たような威圧を背負っていたあの頃からは考えつかない、と彼女は笑う。
携帯端末には、雅楽からのメッセージが入っている。もう書類退治に飽きたという旨のそれに、思わず目元が和らいだ。
「仏様にも嫌われちゃいそうな信仰ね。」
そう言った彼女の目が意味深に凪いでいた。その目を知っていた。なんどもその目で、同じ問いをぶつけられたから。
────二人は、ずっとこのままでいるの?
「うちはもう満員だからな。仏さん、入る隙間もねえよ。」
────この関係は完結してるんだ。ほかの感情が入る部分なんて無い。
恭介もいつかの答えを瞳に乗せて、そう返してやった。
いつもこちらなど気にせず指揮を振るう背中も、明け方には無い体温も、翌日もいつも通りに振る舞う様も、当たり前でしかない。だって彼は、自分とは違う次元で生きる、星の瞳の運命の神様だ。そんな彼に、俺は心を奪われて。
……それは、恋とどう違うんだっけ?
そう一瞬だけ過ぎった疑問は、気の所為だった振りをして忘れた。
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