鬼の心臓

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談話室に通された時に、恭介が一番最初に感じた空気は『舐められている』それだった。 「美人の隊長様、本日はわざわざどうも。」 上っ面だけの笑顔で迎え入れた男は椅子から腰も上げず、深く腰掛けたまま口先で挨拶を述べた。髪はオールバックでそこそこ整った胡散臭い男は、思っていたより随分若い、太った男だった。 「こちらこそお招き頂き感謝している!」 同じ空気を感じているだろうに、それをおくびにも出さない雅楽がはつらつと挨拶を返した。その堂々とした振る舞いを太った男は興味深そうにじっと見て、満足げに笑った。 「ひとめで分かったよ。君は、酷く魅力的な人だね。」 「それは嬉しいお言葉だな!」 じっとりとした目線に嫌悪感を示す恭介を、雅楽は目線だけで強く牽制した。そして、さっきと同様の調子で返す。 太った男は一瞬だけ恭介を見て、それから雅楽をまた眺めて満足気に口角を上げた。雅楽はその機を逃さず、すぐに本題に入る。 「本日談話を願い出たのは、裏社会における貴女方の仕事の方法について教えて頂きたい為です。」 談話は上っ面だけで進められた。互いに言いたいことは分かっていながら、そこには触れず、円満に談話が進んで行く。しかしこれは、尊主隊の尊厳維持の為ではなく、単純な時間稼ぎだということには相手は気がついていない。 『あちら側はきっと、僕達が体裁の為に段階を踏んで仕事に関わってくると思っている。簡単にいえば、こちらを警察と同じやり方で考えている。だから今回の談話を受け入れたのだろう。1回忠告、2回目執行の事前予告、3回目実行。だいたい表はそれが基本だからな。』 作戦時に雅楽はそう説明してから、悪役ばりの意地悪そうな笑顔で断言した。 『しかしここはそんなに甘くない。1発で終わらすぞ!』 そして、今。 「ハッキング完了!!!1階から落とすよ、切り込み隊準備!!」 「おっけーいつでもいいよん!」 五木がエンターキーを押すと、1階のセンサーが停止し、カメラは画面が固まった。同時に四ツ谷達が四方から侵入、合図と共に1階全体の明かりが落ちる。 彼等の仕事は酷く静かだ。状況に困惑する従業員を片っ端から戦闘不能にしていく。切り込み隊の動きに合わせてセンサーが無力化され、取りこぼしを隠密部隊が始末する。 下の混乱にボスが気がついた時には、恭介がボスの後ろに立っていた。今まで横暴な態度をとっていた男が一気にびっしょりと汗をかく。刃物に当てた刀が暗がりの中で揺れる。 「わ、わかった!!取引は全部辞める!それでいいんだろ!?」 男が喚くのを、雅楽は上機嫌に聞いていた。フロアはほぼ制圧が完了している。あと始末すべきは、この男のみだった。 しかし雅楽にはひとつ、気になっている点がある。 「君は割と思考が単純だな。酷く読みやすい。……そんな君に、こんな周りを混乱させるような上手い取引はできまい。」 そう、取引がうますぎる。彼はやり方は横暴だが、抗争が起きざるを得ない、自分達だけが泥を被らない商売をしていた。しかし今日トップとして来た彼は、あまりに素直な男だった。 「君を唆した?」 その問いに。 慌てふためいていた男は、笑った。 「ははは、が言った通りだ!!彼は正しい!!俺は彼に全てを捧げている!!!」 高らかにそう吠えた男は首元に添えられた刀を諸共せず立ち上がる。首元が切れて血が吹き出す。ただならぬ雰囲気にそのまま殺そうとした恭介を、雅楽が視線で止めた。まだ情報を引き出したかったのだ。 しかしその一瞬を、男は見逃さなかった。 飛び出した男が雅楽の胸ぐらを掴んで、胸元から出した謎のスイッチを迷わず押した。 「てめぇらも、道連れだよ!!!!」 雅楽はその型を見て、遠隔操作式のリモコンだと把握、同時にインカムに怒鳴る。 「第一優先事項変更!!!総員、今すぐに建物から脱出!!!」 瞬間、鈍い地響きが鳴る。笑う男の首元を強く打って気絶させた恭介は迷わず雅楽に向かった。 しかし、雅楽はそれを制した。 「来るな!!!」 雅楽は計算で建物の構造上恭介と自分の間に爆弾があると悟った。床は恭介が足を止めた瞬間にひび割れて、雅楽の方の地面が傾いた。それは2つ目の予想外だった。 雅楽がいる方が、崩れたのだ。 恭介は心臓が嫌な風になるのを感じて駆け出す。思い切り手を伸ばして、掴んだ雅楽の袖を思い切り引いた。 ガラガラ、と呆気ない音を立てて地面が無くなる。ぶら下がった雅楽は目の前の恭介の苦しげな顔を他人事のような気持ちで見ていた。恭介の方もギリギリらしく、踏ん張る手は力が入りすぎて白くなっている。 このままでは、二人揃って落ちる。そう思った雅楽は掴まれている腕についている腕時計を操作した。それで送りたい人に位置情報を送れる。 「四ツ谷!今すぐこい!!!」 インカムに指示を出す彼に、恭介は眉を寄せる。 「おい、どういうつもりです?」 「恭介、さんにーいちで手を離せ」 「俺でいいだろ!!」 四ツ谷がこの状況でピッタリに着く確証はない。いつもなら、多少危険でも自分を使う筈だ。そう思った恭介が声を荒らげる。 しかし雅楽の頭には、出血多量でそろそろ命を落とすだろう気絶している男の言葉と、あの日の恭介の言葉が浮かんでいた。 『彼は正しい!!俺は彼に全てを捧げている!!!』 そう言って刃先も見えなくなっていた男。 『俺には可愛い恋人がいるからなあ。』 そう言った、大事なものが他にある恭介。 ​───────もう、離れるべきなんだろう。 「大丈夫だ、僕の騎士(ナイト)は君だけじゃない。」 「どういう、意味だよ…っ!!!」 柔らかく笑う雅楽に、自分の足元も崩れてきて限界な恭介が苦しげに聞き返す。 彼の信仰が、もし彼を殺すのなら。 「大切なものは、ひとつでいいんだ。」 僕は彼の神様ではいられない。(彼に死んで欲しくない) 恭介が目を見開く様子を見ながら、雅楽はもう一度笑顔を作って、手を解いた。
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