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「……貴方様の御提案承りました。」
彼の声はよく通る。向かい合って座った政府の軍事関係者が安心したように強ばっていた肩を少しだけ下げた。
───────今日は今後当たる任務の選別と、少し尊主隊のシステムを変えたいという男による新提案を聞くために面談が開かれていた。
政府の男は若くして太い実家をバックにのし上がって来た野心家で、彼の権限はすごい勢いで広がりを見せていた。今回の面談も、男は自身満々で望んだ。
しかし。
ピンと伸びた背筋、愛想よく上がる口角、まだ幼いが端正な顔つき、線の細い体を上物のスーツでピシッと整えた彼は、自分よりいくつも年下の青年の筈なのに。
「───────だが、こちらの利益が足らない。」
酷く通る声は、感情を含まないまままっすぐこちらを刺した。背中に冷たい汗がぶわっとつたって、緊張で頭が痛い。
……この、膝が崩れそうな圧はなんだ?
「しかもこのシステムでは緊急時の対応に遅れがある。そうなれば死ぬのは現場の奴だ。貴方はあいつらを人として扱いたいのか、獣として扱いたいのか分からないな。」
「し、しかし彼らにも人権があります!!!」
崩れた口調で企画書をつまらなそうにめくる彼の圧に耐えられず、思わず机をバンと叩いて立ち上がった。しかし動じない彼の目は、すうっと冷える。長いまつ毛が少しだけ下がって、美人の真顔は迫力がある、という言葉を頭の隅で思い出した。
「ごみ溜めに持ち込むものではないなあ。」
全てを見抜かれている。男はその目に、直感的に気が付かされた。自分のシステムを導入することで此処も自分の配下にしようとしている事も、自分の部下を入れる空きを作る為に任務で『口減らし』を行おうとしている事も。
「……そうですか。いや、残念です。」
正々堂々が通じないのなら仕方がない。彼は自然な動作で時計についたボタンを押した。彼の時計型端末には、彼専用部隊に連絡ができるボタンがある。
───────対話がダメなら、力でねじ伏せるのみ。そう、今まで同様だ。
そう思って見やった先で、青年は爽やかな青年を形作っていた口角をにやりと歪めた。
「言ったじゃないか。ごみ溜めに持ち込むものではない、と。」
意味が分からない男に見せるように、舞台役者のような動きで指を鳴らす。男の部隊はまだ来ない。いつもなら、数分と経たずにこの場を制圧するのに、
「は、?」
青年の合図で会議室の扉をガツンと開けたのは、髪を七三分けにした黒縁眼鏡の真面目そうな長身の男だった。一見サラリーマンのような彼は、しかし扉を足で蹴破り、鋭い眼光で睨みをきかせながら入ってくる。
その手には、我が精鋭部隊の指揮官と隊長が引き摺られていた。
「おら、これで満足かよ」
眼鏡の男に存外荒っぽい口調でぶん投げられた部隊長達は気を失っているようで、地面に叩きつけられて呻き声をあげる。真っ青になった男に、青年は今日一番笑顔を見せた。
「ごみ溜めに入れて、腐らせるには早い良い人材だったみたいだな!」
どこから出したのか、青年は手元にある部隊長達の個人情報の紙束を揺らした。眼鏡の男が無言で彼の後ろに控え、人を殺しそうな目線でこちらを見る。その身なりには汚れひとつ無い。
呼吸ができない。手が震えて、言葉も出ない。
「敢えて言おう。このシステムには無駄が多い。僕より、弱い。現に君の部隊は、うち一番の粗大ゴミひとつにやられてしまった!」
大袈裟な手振りで嘆く青年が、大きなつり目を細めて、凛々しい眉を態とらしく八の字にして見せた。粗大ゴミと揶揄われた眼鏡の男は後ろでフン、と鼻を鳴らすだけだ。
「君はこのままだと、僕の完璧な頭脳のせいでこの不正な事実を世に知らされ、勢力拡大どころか政治家を名乗れなくなるだろうなあ!それも、家族共々だぜ?」
尊主隊隊長、神原 雅楽。
そして彼の一番の部下、尊主隊切り込み隊長、幻中 恭介。
『鬼と軍神』と名高い彼らが、どうしてそうであるかを、男は今知ったのだ。
「ふふふ……さて、お互い良い取り引きにしよう。なあ?」
にこ、と静かに笑う彼の目は未だに冷えきっていて、男はその場で腰を抜かした。
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