鬼と軍神

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「はーーーーーっはっはっは!!!!」 会議室を後にしてすぐ。 廊下には、『軍神』神原雅楽の高笑いが響き渡っていた。腰に手を当てて、仰け反って笑う様はどこぞの魔王だ。 「馬鹿が相手だと儲かる儲かる!!」 「あんたの人使いの荒さは置いといてな。」 一歩後ろで苦言を呈しているのは『鬼』と名高い幻中恭介だ。目つきが悪い彼がその強面で静かに睨んでも、雅楽が気にかける様子は無い。 「良いじゃないか!君の所有権は僕にある!」 「ハイハイ。」 大股でズンズン歩く青年の後ろを、音を殺してゆったりと長身が歩く。青年はくるくると表情を変えてよく通る声で話す。それを、仏頂面の男が端的に返す。なんともアンバランスな組み合わせに見えたが、彼等にとってはそれも造作もない事だ。 現に、しばらく歩いた先の黒い高級車に寄りかかって彼等を待っていた女性は、そんなのは気にもとめずに2人に手を振って見せた。 「おかえりなさい!早かったじゃん!」 女性の明るいミルクティー色のロングヘアを揺らして笑う様は可愛らしく、街ゆく人の視線すら奪う。全身真っ黒な長身の目付きの悪い男がいなければ、ふわふわの美女とネイビーチェックのスーツを来た美人では無謀な他人に声をかけられていただろう。 「僕にかかれば当然だろう!」 「馬鹿が相手だったからな」 しかし美女にも2人は動じず返す。なんせ、彼女は尊主隊のメンバーである。お互いそれが当たり前なのだ。 「ツバキ!この後の予定は?」 「薬物を流してる大手ルートの動きが怪しいから確認〜」 「3回目じゃね〜か馬鹿が!っと、」 ツバキと呼ばれた女性は流れるように後部座席のドアを開け、当たり前に2人が乗り込む。運転席にツバキが乗り込めば、そんな会話が巡る。 悪態をついた恭介の胸ポケットからタバコが滑り落ちる。それを既で彼がキャッチするのと、雅楽と恭介の目が合うのはほぼ同時だった。 「ふふ、吸うのか?」 「あんたの前では吸わねえ、知ってんだろ。」 からかうように笑った雅楽に、バツが悪そうに恭介は口を尖らせた。 「仏さんの前でタバコ吸う坊さんがいるかっつー話。」 「の割に、僕に対して辛辣だよなあ君。」 恭介はしらっとそう言ってタバコを仕舞った。彼は雅楽に対して、このようなことを当たり前のように言う。それに少し不満げに雅楽が返す。ツバキもちらとバックミラー越しに後ろを見た。 恭介は大袈裟な様子もなく、少し深く座り直しながら続けた。 「ああいうのは、自分の言葉がカミサマに届くと思ってる奴がやることだ。」 俺にはあれも失礼な気がするね。カミサマってのは、人間共とはかけ離れた上位のものなんだから、願いを聞き入れてもらおうってのが間違いだ。 ペラペラそう言いながら欠伸を洩らす彼に、ツバキはよく実感する。 ​───────彼は本気で、隣の存在を神だと思っている。 自由で、強引で、災害のような人間とは違う存在。そう信じて疑わない。彼女は尊主隊の隊長に彼が置かれた時から知っているが、その時には既に2人は行動を共にしていた。だから知らない。2人の因果関係も、そう信じるにあたる理由も。 だから、もう資料を見ていて「そうかあ〜」と気のない返事をする雅楽の事も、うんうんと頷く平然とした恭介の事も、今日も今日とて見てみぬフリをしている。 「どこでどう拗れたのやら……」 しかし今回はそう漏れてしまったのは、それが何度目か分からない雅楽様節だったからだろう。 ​───────あまりに平和な昼下がりの道路を走る黒塗りの高級車は、その後麻薬販売の大元を派手に破壊するのだが、これは通常業務なので割愛させて頂こう。
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