幕間

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幕間

​──────神原雅楽にとって、その存在は当たり前にあるものであった。 「せいぜい振り回してくれよ?」 そう言って笑う男の人相の悪い笑みを見下ろして、その時初めて、心が踊る感覚を知った。 強い男だった。最小限の動きで長物を振り、鮮やかに人を殺す正真正銘のプロだった。見蕩れるような手際と、定規のような背筋と、何処か哀愁のある仏頂面が気に入った。 「退屈なんだ。生きる事が。」 フラフラと気分で仕事を受ける男の噂は前々から聞いていて、たまたま仕事に来た彼にこの仕事をする意味を問えば、感情のない声で語られた答えはそうだった。 その時、不意に閃いたのだ。 この男が熱中するものを見つけられれば、もっともっと面白いものが見られるのではないかと! 雅楽の提案に、男は不器用に笑って了承した。そこで自分も初めて、期待する、ワクワクするという感情を学んだ。 それから6年。 彼の手綱を握るのは楽しいものだった。男は誰よりも忠実に自分の手下であり続けた。しかし任務外では同期のように崩れた口調で悪態をつく。そのアンバランスさが可笑しくて、規律に厳しい五木が噛み付くのを辞めさせた。おかしな男は相変わらず鮮やかだった。返り血ひとつ上手く交わして見せる男が好きだった。彼が生活の一部だった。 (……が、これは予想外というか。) そう思うのは、愛煙家の彼が自分の前でだけタバコも酒もしない時や、こうして私的で酷く理不尽な、……性欲の処理なんて事も了承してしまう時。 いつも力尽きて意識を手放してしまう雅楽の面倒を、恭介は身体を整えるまで献身的にしてくれる。だからいつも起きた時に嫌な感じはなくて、それが当たり前なことがむず痒かった。 寝息ひとつ立てない静かな寝顔を見ながら、ずっと不思議に思う。彼は、本当に自分を自分と違う人種だと思っているのだろうか。こんなにも不格好で、彼の手で体を跳ねさせて、彼の呼吸に合わせて息するのがやっとの子供を。 無防備な掌を握る。硬くてマメがある。自分より大きくてゴツゴツとしたそれは、自分と同じ位の温もりを持っている。心臓の音が心地よくて、雅楽は彼の胸元に頬を擦り寄せた。 「……きょー。」 彼は、僕がただの人間だと知ったら、失望するだろうか、離れていくだろうか、それとも。 ​─────あの鮮やかな手際で、僕に刃を向けるだろうか。 殺されるなら君がいいと思う僕は、神様失格だろうか。 零れた笑みは少し自虐的だった。起こさないようにそっとベットから抜け出して、きちんと揃えられたスリッパに足を通す。朝まで居てしまったら、ボロが出てしまうだろうから。その胸元に抱きついて、緩んだ笑顔が漏れてしまうだろうから。だからいつも、明け方前にこの部屋を出ていた。 とうに自分は神様になり得ない不完全な人間んだと、気がついたままこの関係を続ける自分は狡いなと、冷え込んだ廊下で一人雅楽は思った。
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