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「……二ヶ月前。体育のあと誰かにホースの水ぶっかけられて。急に猫になったんだ」
環くんはぽつりと呟くと、横目で私の様子を伺いながら続ける。
「最後の授業だったからまぁ良かったけど。乾かないと人間に戻れないから日当たりのいいベンチで身体を乾かしてた。そしたらいつの間にか寝てて。気付いたら布の感触がして目が覚めた」
「え?」
「相沢、ハンカチで拭いてくれただろ。おかげで早く人間に戻れた。あの時は助かった」
うん、それは確かに覚えてる。それからよく校舎裏で一緒に過ごすようになって……ていうかなんで環くんは猫の姿で校舎裏に来てたんだろう。最初の一回は分かるよ。水かけられたから乾かすために居たんだから。でも、次からは? なんでわざわざ猫の姿で校舎裏に来てたんだろう。
「環くんはなんで猫になって私と会ってたの?」
隣の席だったけど、環くんとは今までほとんど喋ったことがなかった。それなのになんでだろう。ふと浮かんだ疑問をそのまま聞けば、言いたくないのかキュッと口を真横に結ぶ。それから眉間にシワを寄せて苦悶の表情を浮かべ、ひたすら悩んでいるようだった。
「あ、言いたくないなら言わなくても、」
「……猫なら」
私の言葉を遮って、環くんは小さな声で話す。
「……猫なら、話さなくても嫌われないから」
「え?」
「俺、口下手だし無愛想だし目付き悪いし。普通に話したら怖がらせるだろ。でも猫なら仲良く出来ると思って」
仲良く……? それってもしかしなくても、環くんが私とってことだよね?
「仲良くなりたかったの?」
「…………」
「環くん、私と仲良くなりたかったの?」
「…………」
「そのためにわざわざ水被って猫になって、校舎裏に来てたの?」
「…………」
やけに長い沈黙の後、環くんは蚊の鳴くような声で言った。
「…………悪ぃかよ」
その一言に私の胸がきゅんと鳴った。何このツンデレ、超可愛い。人間が猫になるというSF小説のような信じられない事も妖怪の呪いの事も吹っ飛んでしまった。正面を向いている環くんの横顔をニヤニヤと見つめながら口を開く。
「確かに猫の環くんは可愛かったけど……私、口下手でも無愛想でも目付き悪くても気にしないよ?」
「は?」
「それより私、人間の環くんともっとたくさん話したいし仲良くなりたいんだけど、どうかな?」
「は、はぁっ!?」
環くんにしては珍しく狼狽えている。
「環くん、私と話すの嫌?」
「いっ、……やじゃない」
環くんは目を泳がせながら言った。その様子がおかしくて思わず笑ってしまう。
「じゃあ、明日の放課後またここで会おう?」
「……いいのか?」
「もちろん。でも、ちゃんと人の姿で来てね?」
「……わかってる」
「あ、水に濡れたら私がまた身体拭いてあげるから。これからも安心して猫になっていいよ、環くん」
「っ!」
揶揄うように言うと、環くんは目を鋭く尖らせて私を睨んできた。ふふっ。そんな真っ赤な顔で睨まれたって全然怖くないよ、環くん。
今は見えないはずの尻尾ともふもふの体毛が逆立っているみたいで、猫の時の姿と重なる。私は彼を落ち着かせるため、頭を撫でようとそっと手を伸ばした。この後の反応がどんなものになるのか、非常に楽しみである。
了
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