第1章 出会い

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何とか口を動かし声にしようとした時、黒い背中が微かに動いた。頭がゆっくりと上がっていく。 日比谷はかけていた眼鏡を外し、眠そうな目を擦った。細くて長い人差し指。ゴシゴシと強く擦るのではなく、そっと大切なものに触れるかのように。その指は目から前髪に移り、少し目にかかっているところを摘んで端に寄せた。 初めて日比谷の顔をまともに見た。色白で貧弱なイメージしかなかったけど、よく見ると瞳は切れ長で輝いていて、俺を惹き付けた。裸眼になった今はより一層そう感じた。こいつ、結構……いや、かなり整った顔立ちをしている。差し込んでくる夕日が輪郭を強調し、さらに端正さを表している。普段は髪で隠れている上に、俺がコミュ障で人とちゃんと目を見て話せないところがあるから気づかなかったけど……。 思わず目と目が合う。まさかこのタイミングで起きるだなんて思っていなかったから、油断していた。しかし、目を逸らすことさえ忘れて彼の姿に釘付けになっていた。 窓も開いていないのに風が吹いているような錯覚に陥った。架空の柔らかな風が日比谷の髪を揺らし、優しく包んでいる。 「あ…………」 思わず声が漏れてしまった。あまりにも衝撃的で、時の流れすら忘れてしまうほどだ。 日比谷がやや首を傾げる。俺は我に返り、先程までのセリフを懸命に思い出した。 「あ、あのっ、これから鍵を閉めようと思うんだけどさ……」 すると、日比谷はそれまで閉じていた唇をゆっくりと開いた。本のページをめくるような優しさを感じた。ああ、何だろう……彼の動作ひとつひとつに気品がある。 「ああ、それは失敬。僕もこれから帰るから鍵は返しておくよ」 低すぎず高すぎない声。たまに変なことを言う時もこんな声だったけど、なぜか今は心地いい。どこか落ち着くトーンだ。 「い、いやいいよ!俺が鍵閉めるからさ!どうせ日誌を返すついでもあるし……」 「ご遠慮なく。僕が眠っていたせいで君も鍵を閉められずに困っただろう?お詫びに日誌も合わせて返しておこう。君は早く帰りたまえ」 慌てる俺に日比谷は無表情で答えた。別にそこまで困ってないのに……。 「なら……ごめん、ありがとう」 結局俺が引き下がることにした。早く起きろとか思って申し訳ない。変わったやつなんだろうけど、案外いいやつなのかな……。 「君も日直じゃないのに大変だな」
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