第1章 出会い

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ふいに日比谷に声をかけられ、全身に震えが起こった。どんだけガン見してたんだ俺は。最近じゃこいつより俺の方がよっぽど変人な気がするぞ。 何か……何か言え俺……!じゃないと余計変なやつだと思われそうだし、無愛想すぎる……。何か当たり障りのない会話をしなきゃ、「今日はいい天気だな」とか「お疲れ様」とかそんなことしか思い浮かばないぞ……。 「あの…………」 いつものお得意の言葉“あの”を使う。焦る頭で必死に言葉をひねり出した。 「この前は、ありがとう」 俺がそう言うと、日比谷は首を傾げた。 「僕は何かしたっけなぁ」 「その、この前さ、俺の代わりに日誌と鍵返してくれたから……」 先日の思い出を引っ張り出す。俺達の関わりと言えばこれしか思い浮かばなかった。コミュ障だの陰キャだのキョドってるだの思われてももういい。ただ俺は今、日比谷と少しでも話したい……。 すると、日比谷は小さく声を漏らした。 「ふっ、ははは、そんなことか。礼を言われるほどのことではないよ。そもそも本来君の仕事でもないしね」 「ま、まあ……」 手を口元にやって笑うその姿は、まるでどこぞの貴族のような佇まいだった。先祖は帝か何かか? 「ところで、忘れ物か何か?」 「よく僕が一度教室を出てから戻ってきたってわかったね」 「っ!そ、それは、ついさっきまで俺1人だったからさ……」 勘のいい日比谷に突っ込まれ、おどおどしながらもなんとか答えた。くそっ、俺はなんて鈍臭いんだ。さっきから俺がちらちら見つめているのがバレてそうで怖い。気持ち悪がられたらどうしよう……。しかし彼は特にそれ以上は追求してこなかった。 「ご名答。机の中に本を忘れてきたのさ」 日比谷は黒い表紙の本を俺に見せた。わけのわからない数式が羅列されていて、なんだか難しそうな本だ。 「なんの本?」 「これは量子力学についての本さ。ざっくり言うと……壁に何千回も何万回も何億回も、いやそれ以上ぶつかると、人間でも壁をすり抜けられるっていう概念。トンネル効果って言うんだがね。まあ可能性はほぼゼロだが、でも絶対ゼロじゃない」 「は、はぁ……」 饒舌に語る日比谷はどこか嬉しそうに見える。全くもって意味がわからない。壁にぶつかったら痛いだろ。そんなアホみたいにぶつかったら通り抜ける前に死ぬだろうな。
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