ネクタイ

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モヒートとシーザーサラダが運ばれて来て、暫くした頃。 「仕事帰り?」 そう突然、隣から聞こえて。 ナンパか何かかな?と、少し睨むようにそちらに目を向けると。 そこには、憧れの永倉副社長が立っていて。 驚きで、頭の中がフリーズした。 何故、此処にこの人が居るの? 「店内けっこう混み合ってるから、隣座っていい?」 そう笑う顔は、天使のようで。 この人をこれ程近くで見たのは、 あの面接の時以来だと思う。 もしかして、これは夢なのだろうか? 「この辺りに住んでいるの?」 隣に座るとそう訊かれ、思わず首を何度も縦に振った。 「ふ、副社長は、この辺りなのですか?」 「ううん。ちょっと、この辺りに知り合いが住んでて。 その帰りに立ちよったの」 「そ、そうなんですね」 ヤバい…私、緊張してる…。 声が震える。 「そうなんだよね」 ニコニコと笑う、その笑顔が本当に眩しくて。 「永倉副社長は、私の事覚えてます?」 こうやって普通に話し掛けて来る感じ。 同じ会社の人間なのは、分かっていそうだけど。 「覚えてる。 あの面接の時、会社の前で転んでた子でしょ? ただ、名前迄は分からないけど」 「西村です! 西村文乃です!! これ、名刺です」 鞄から名刺を取り出し、それを手渡すと、それに目を向け、天使スマイルで笑っていて。 「じゃあ、文乃ちゃんだね」 それに、胸がバクバクと鳴る。 「あ、私、あの時のネクタイ返そうと思って。 今、持っているんです」 私は鞄から、あの日永倉副社長が私の膝に巻いてくれた、ネクタイを取り出す。 えんじ色のチェックのネクタイ。 「え、…ああ。 いや、べつに返さなくても良かったのに。 それよりも、いつもこれ持ち歩いてたの?」 永倉副社長はネクタイを手に取り、 それを両手で広げている。 「いつも、お返ししようと思うのですが。 永倉副社長になかなか話しかけるきっかけがなくて」 実際は、話しかける勇気が私になかっただけ。
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