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抱きしめて、翼
翼は、晴翔が乗る車椅子を押してショップを出た。目覚めた晴翔は、これから歩けるようにリハビリしなくてはいけない。
リハビリ施設の予約の時間まで余裕があったので、ふたりで寄り道して、煉瓦通りを歩いた。
「雪だね」
「ああ」
「僕、雪を見るのは初めてだよ」
「晴翔。今日のリハビリが終わったら、猫のケーキ買おうか?」
「うん。でも、食べ切れないね……ふたりしかいないから」
翼は車椅子の前に回って、晴翔のマフラーを整えた。
「晴翔。俺はそばにいるよ、ずっと。ふたりで生きていこう」
「じゃあ、抱きしめて。いつもみたいに」
「え……」
「眠ってても、わかっていたんだ」
晴翔は照れたように笑っている。
「翼、ばかだなあ、キスもしないなんて。でも、そういう翼のいじらしいところがさ、僕は……」
晴翔は両手を広げた。
「ね、抱きしめて。翼」
「晴翔!」
翼は晴翔を抱きしめた。
晴翔の両手が、包むように翼の頬にふれる。翼の目尻をこするように、晴翔の指がたどる。
「ずっと翼にふれたかった。翼、泣かないで、泣かないでって、いつも思ってた」
晴翔は、あたたかかった。手も体も。いままでとはちがう。
生きている確かな温もりだった。
「ありがとう、翼」
晴翔に強く抱きしめられた。
「やっと会えたね。あきらめなかった翼はすごいよ」
「好きだから……会いたかったから、目を覚ました晴翔に会いたかったから……晴翔、晴翔」
晴翔に顔を近づける。
ふたりはキスを交わした。晴翔の唇は、雪がかかったのか湿っていた。けれど、とても熱かった。
翼が唇を離すと、晴翔は微笑んだ。
翼は笑顔で、晴翔を見つめた。栗色の瞳は確かな光をたたえている。
それは、翼がいつか再び見る日を願っていた光だった。
【了】
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