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愛しい人との再会
「どれ、ケーキを買うか。いちごのがいいんだろ?」
祖父は翼がなにを見るか、いつも観察しているようだった。翼がじっと店の品を見ていると、すぐに財布を開こうとする。
「いらないよ、じいちゃん」
「そうか、そうか。高校生なら、ケーキがプレゼントじゃ物足りないか」
翼は曖昧に笑った。
(ホールのチョコレートケーキを見ていたんだけどなあ……)
猫の顔の形をしているホールケーキだ。
(ここのショップから配達されたのか)
翼はケーキを食べた日を思い出した。
切なくて、どうしようもなくて、ケーキがなかなか喉を通らなかった。残りを隣にいた晴翔にあげた。
晴翔はうれしそうに、ケーキをひとくちで食べた。口の端にチョコレートがついていると翼が教えたら、笑って指で拭っていた。
その笑顔を思い出すだけで、目や鼻の奥が熱くなる。
(晴翔、会いたいな……)
翼はこみあげてくる熱を振り払おうと、何度も瞬きした。
もし翼が「本当はちがうケーキを見ていた」と返せば、「じゃあ、買うか」と祖父は言うだろう。だから翼は誤魔化した。
チョコレートケーキを食べたら、晴翔を思い出す。もう会えないのに。
それに出かける前、母から、祖父になんでもかんでもおねだりしないようにと言われていた。
今朝、東京に雪が降った。
久しぶりに銀座に行きたいと祖父は言い出した。膝が悪い祖父は杖をつき歩く。道が凍っているかもしれないから危ないと、翼と母が言っても、祖父は聞かなかった。
「初雪が降った記念に、翼になにかプレゼントしたいんだ」
翼は、祖父と出かけることにした。
祖父の歩調に合わせて、翼はゆっくり歩いた。滑りそうな場所は、腕を組んで、進む。
祖父がある店の前で立ち止まった。
ショーウィンドウに置かれた少年たちをじっと見つめている。
「ヒューマンが日本でも売られるとはなあ。かわいそうに……翼と同じくらいの年じゃないか」
八十年ほど前から欧米を中心に展開されているコールドスリープショップだ。
「子供を幼くて美しいまま未来に残しませんか?」と、冷凍睡眠を親たちに薦める企業だ。
翼のクラスメイト、晴翔も夏休みに眠った。一学期の終わり、終業式のあとにお別れ会をした。晴翔が好きだという猫のケーキをみんなで食べた。
『目が覚めたら、どんな世界になってるんだろう。楽しみだなあ』
晴翔の無邪気な笑顔が忘れられない。
死ぬわけでもないのに、会えなくなる。
そんな奇妙な永遠の別れをどう処理すればいいか、翼にはわからなかった。
それでも精いっぱい笑って、翼は晴翔を見送った。
祖父は少年たちの前に置かれた値札を読み上げた。価格はそれほど高くはない。
「……親御さんが保存費用を払えなくなったから……」
「うん……」
冷凍睡眠の費用は、親が継続的に支払わなければならない。「思ったよりも代金がかかる」と驚く親は多い。目覚めさせようとショップに頼むと、何十倍もの額を請求される。どうすることもできずに、子供を手放す親がいると翼は聞いたことがある。
見放された子供たちは、観賞用として売られる。本当に『永遠の眠り』についてしまうのだ。
翼は少年たちを眺めた。
皆、長い眠りについているからか青白い。
眠っていても髪は定期的に整えられているのだろう。黒髪、金髪、赤毛。髪のあいだから、伏せられたまつ毛が見えた。
彼らの瞳はどんな色をしているのだろう。
「晴翔……!?」
ショーウィンドウの端に、晴翔が眠っていた。栗色の髪、薄い唇、目元のほくろ……間違いない、晴翔だ。
「じいちゃん、じいちゃん……あれ……」
翼は初めて、祖父におねだりした。
翌日、晴翔は翼の家に配達された。
翼は母の反対を押しきり、晴翔を自分の部屋に置くことにした。
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