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あの修道士が処刑されたという知らせを受けたその日の晩、夢を見た。
満月が照らす中、薔薇が咲き誇る庭園で、私とミス・ゲシュタルトがふたりきりで対峙している。
これだけ近ければ捕まえられる。そう思って手を伸ばすと、ミス・ゲシュタルトの姿がすこし遠くなる。それを追って走ると、彼女は薔薇に紛れながら、私の方を向いたまま逃げていく。
夢の中ですら捕まえられないのか。そうもどかしく思った瞬間、彼女が急に距離を詰めてきて私の目の前に迫ってこう言った。
「あなた、私に夢中なんでしょう?」
それを聞いて、咄嗟に彼女の手首を掴んで叫んだ。
「そんなはずないだろう!
おまえは、おまえは……!」
そこから先、自分でもなにを言ったのかがわからない。私にとって彼女はなんなのだろう。そう思ったところで目が覚めた。
ベッドから勢いよく身を起こして、夢の中で掴んだミス・ゲシュタルトの手首の感触を思い出す。夢の中の出来事だったのに、あの女性にしては太い手首の感触が、ありありと思い出せた。
私に夢中なんでしょう。と言った時の、彼女の口元の笑みを思い出す。彼女は私のことをどう思っているのだろう。きっと厄介なやつだと思っているに違いない。
けれども、もしかしたら。そんなことを考えてしまう。そこで私は気づいてしまった。私は彼女が夢の中で言ったように、妻よりもミス・ゲシュタルトに夢中になっているのだ。
いや、けれども、それはあくまでも捕らえる対象として気にしているだけだ。
それに、ミス・ゲシュタルトが女だとはっきりとわかっているわけではない。夢の中で掴んだあの手首の感触を思い出して、ミス・ゲシュタルトは本当は男なのではないかとも思う。そうでなければ、警邏隊から逃げるときに屋根から屋根へと跳んで逃げるなんてことはできないだろう。
そう、ミス・ゲシュタルトが男なのなら、私の気持ちもすこしは収まるだろう。そう思って自分にミス・ゲシュタルトは男だと言い聞かせても、ミス・ゲシュタルトのあの笑みが忘れられなかった。
あの夢を見て以来、より一層ミス・ゲシュタルトのことが気に掛かってしかたがなかった。
このざわついた心を落ち着かせるために、私は日曜礼拝の後、教会にいる老齢の神父様に告解することにした。
懺悔室の中でミス・ゲシュタルトのことを話す。
「私は怪盗ミス・ゲシュタルトを追っているのですが、気がつけばあいつに気を引かれているんです。
もしかしたら男かもしれないのに、こんないけないことを神様は赦してくださるでしょうか」
私の告白に神父様はこう返す。
「ミス・ゲシュタルトといいますと、巷で噂のドレスを着た怪盗ですよね。その人が男かもしれないのにと。
大丈夫です。かわいくなりたいという気持ちはわかります」
「いまなんと?」
「すいません、感情移入する方向を間違えました」
一部神父様のお話でわからない部分はあったけれども、告解をすることでだいぶ気持ちを落ち着かせることができた。
教会や修道院も、あんな穏やかな方ばかりなのなら良かったのに。
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