ゼロセンチメンタルな僕等

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ゼロセンチメンタルな僕等

 ミス・ゲシュタルトが現れた。  貴族や豪商をターゲットにして派手な盗みを行うミス・ゲシュタルトは、私が警邏隊の取り纏め役見習いの頃から追っている怪盗だ。神出鬼没で正体不明。華やかなドレスを身に纏いながらも軽やかに街中を跳び回る。そんな彼女を貴族や豪商達は恐れていた。  恐れている理由は、単純に財産が奪われるからというのはもちろんある。けれども中には、もうひとつ恐れる理由を持つ貴族や豪商もいる。 「また現れたなミス・ゲシュタルト! 今日こそお縄だ!」  盗みに入った貴族の屋敷の屋根の上にミス・ゲシュタルトが立っている。その背後にある満月は妙に大きく見えた。  私が持っていた槍を向けて叫ぶと、ミス・ゲシュタルトは持っていた大きな袋の中に手を入れて紙の束を取り出す。 「いいところに来て下さったわね、ヴィクトールさん。 今夜もお土産があるから受け取ってくださいまし!」  そう言ったミス・ゲシュタルトは持っていた紙の束を私達警邏隊に向かってばらまく。  降ってきた紙を見てみると、盗みに入られた貴族の収賄の記録が書かれていた。  そう、一部の貴族や豪商がミス・ゲシュタルトを恐れているもうひとつの理由は、こうやって悪事を暴かれることなのだ。  警邏隊だけでなく、貴族の私兵達に間にも動揺が走る。それを見て取ったのだろう、ミス・ゲシュタルトは高らかに笑う。 「あはははは! そんなのが出てきたら私を追っている場合じゃあないでしょう。 それではごきげんよう!」  そう言い残してミス・ゲシュタルトは屋敷の屋根から他の建物の屋根へと飛び移っていく。 「おい、早くあいつを追え!」  焦ったようにそう言う貴族の言葉に私はすぐに反応する。 「一番隊と二番隊はミス・ゲシュタルトを追え! 三番隊は書類の回収、四番隊はこの方を捕らえろ!」  私の号令を聞いて警邏隊達は速やかに動き出す。収賄の書類を私に掴まれた貴族は、取り囲む四番隊の隊員達を振り払いながら私に訴える。 「これは陰謀なんだ、あいつが私をはめようとしたんだ、私は無実だ!」 「それはこれから調査をさせていただいて判断します。 いったん我々に同行していただきましょうか」  乱暴に四番隊の腕を振り払おうとする貴族を強引に押さえつけさせ、三番隊が集めてきた書類をざっくりと確認する。これが偽造のものかどうかはあとで判断しよう。  四番隊に貴族を引っ立てさせ、私は三番隊を連れてミス・ゲシュタルトが逃げ込んだ街中へと踏み入れる。  いわゆる一般市民が暮らす職業人の区画。ミス・ゲシュタルトは私達から逃げる時に必ずここを経由する。路地の中を駆け回ったり、建物の屋根の上を跳び回ったりと忙しなく逃げ回る。屋根の上にいるときなどは目立つのですぐに見つけられるけれども路地に阻まれてなかなか近くに寄れなかったり、逆に、路地に入ったときなどは暗闇に急に溶け込んだりしていつもあと一歩のところで逃がしてしまう。それでも、精一杯追わずにはいられないのだ。  ミス・ゲシュタルトはどこにいるだろう。そう思って空を見上げると、仕立て屋の屋根の上に月の光を受けて光っているなにかが見えた。あれは、ミス・ゲシュタルトが着けている仮面だ。  私は警邏隊に号令を出して仕立て屋の方へと向かう。そうしている間にもミス・ゲシュタルトは姿を消した。  どこへ行ったのだろう。そう思いながら仕立て屋の側の路地に入ると、先にミス・ゲシュタルトを追わせていた二番隊が怯えるようにその場に佇んでいた。 「どうしたお前達、被害者が出たのか?」  私がそう訊ねると、二番隊の隊長が私の前に進み出て、震える声でこう言った。 「先程、ここでミス・ゲシュタルトを追い詰めて取り囲んだのですが、突然あいつの手が大きくなり、爪が長く伸び、隊員達がなぎ払われました。 まるで化物のようで、おそろしくて……」  その話を聞いて、私は少し前にミス・ゲシュタルトを追い詰めたときのことを思い出す。その時たしかに、二番隊の隊長が説明したような現象を私も目にした。  その時のことを思い出して思わずぞっとする。  ミス・ゲシュタルトとは一体何者なんだ。
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