第十二章『嫁取り物語・後編』

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「試供品は素晴らしい効果でしたぞ。儂は仁科椿と申します。どうぞ良しなに」  すっと頭を下げた椿さんは今は亡き竹婆を彷彿とさせた。  ていうか、玉彦の御守りを試供品呼ばわりとは中々な御仁である。 「あぁ、それは息子のものなんですよ。素晴らしいでしょう? なんてったってうちの息子はですね」 「澄彦さん……」  場の空気を読まず息子自慢が始まりそうだったので私が遮れば、澄彦さんは不服そうに私を見てから黒扇を取り出して口元を隠した。 「失敬。息子が褒められるとつい。では祓いましょう。で宜しいですね?」  立派な尻尾を片眉を上げながら見つめる澄彦さんに、椿さんは首肯する。 「その女だけで結構。儂のは約定がある。おいそれと祓われては困る」 「左様ですか」  と、澄彦さんは深くは聞かず、玄関先で宣呪言を詠い始めた。  澄彦さんの宣呪言を聴きながら私は考える。  椿さんは自分に狐の何かが憑いていることを知っている。  約定があるというくらいだから、狐と、例えば美藤のような存在と約束を交わしたのだろう。  どのような約束かは解らないが、その恩恵は蘭ちゃんが祖母を語った時に言っていたことが当てはまるのだろう。  妙に第六感が鋭く、先見の明がある。  考えられるのはありきたりな感じだと未来予測、予知。  南天さんや私は何となく先が視える感覚で身近なことが解る感じだが、椿さんの場合は長期に亘る天候のことなども言い当てるそうなので、もし予知であるならば優れた予言者である。  そしてもう一つ考えられるのは、狐の何かが教えてくれるということだ。  これは危ない、これは大丈夫と意思疎通できる守護霊的な感じ。  どちらにせよ人間ではない者の力が働いているのは確かなのだろう。
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