第十七章『当主、怒髪天を衝く 前編』

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 西の拠点からわざわざ緒方さんが出向いて来るのは非常に珍しく、正武家屋敷で会うのは二度目だ。  初対面は祝言の時で、次は数年前に玉彦と西へ行った際に挨拶がてら顔を出した。  なので今日が三回目の対面となる。  緒方さんが来たのは澄彦さんに用事があったのは確かだろうが、私は他にも思惑があると思っている。  それは八年ぶりに鈴白村へ戻って来た多門と会うためだ。  スカウトをされるのをウザがって逃げ回る多門は緒方さんにとって幼い頃から知る親戚のやんちゃ坊主のように思っているようで、スカウト以前に無事でいたのか元気で過ごしていたのか気になるところなのだろう。  緒方さんは片膝をつく豹馬くんの肩を一度叩いてから前に進み、座敷の有様を見て大袈裟に身体を仰け反らせた。  なんて恐ろしい子、というように両手を口に当てて目をキョロキョロと動かしてから澄彦さんと視線を合わせる。 「なにやってんだ?」 「御覧の通りだよ」  深緑色の着物の澄彦さんと赤いスウェットの緒方さんが視界に入るとなんだかトマトを連想する。  今時珍しいパンチパーマの緒方さんは恐る恐る倒れ込んでいる三人を覗き込んで、再び両手を口に当てた。 「子供まで手に掛けるとは大人げないな! 人として!」  事情はともかく緒方さんの非難は尤もだけど、澄彦さんは全く意に介さずニコリと笑った。 「親の躾がなってないから代わりに躾けたんだよ。それに言っておくが僕は聖人君子じゃない。慈愛を持って接するのは家族と村民のみと決めている。他所の人間にヘラヘラ愛想を振りまくことはしないし、悪意には悪意で返すことにしている。文句があるなら来なければ良い」 「そうは言ってもこれはあんまりだろうがー。どれ、蘇芳。ちょっとあっちに運んでどうにかしてやれ」  蘇芳さんは面倒臭そうに彼らに近寄り、気付けをするみたく背中を何度もバシバシと叩く。  すると三人はようやく苦しみから解放されたようで、でも衝撃的な経験に身体をすぐには動かせなかった。  蘇芳さんに二の腕を掴まれて立たされた大人二人と豹馬くんに抱き上げられた男の子は座敷から出て行き、南天さんが緒方さんと永浜さんに座布団を用意して勧める。  緒方さんたちが来たので、ひとまず玉彦と私は澄彦さんのプライベートだからといった感じで縁側からお暇しようとすれば、緒方さんは同席する様にと言う。  玉彦と私は顔を見合わせてから再び腰を下ろした。
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