第十七章『当主、怒髪天を衝く 前編』

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 私の感想を受けて緒方さんは神妙に腕を組んで何度も頷く。 「だろ? 胡散臭いんだよ。で、だ。オレとしてはどんなヤツがどんな信仰を持ってどんな活動をしてんのかなんざ関係ねぇ。日本に新興宗教なんぞ腐るほどあるしな。だがな、最近妙な依頼人が多いんだよ」 「妙な?」 「そうよ。宗教から足抜け、脱退したいができねぇ、呪われるかも天罰が下るかもってよ」 「もしかしなくても導きの家の信者ですか?」 「御名答! うちの西の界隈にあるからな。ぽつぽつ相談事が持ち込まれてんのよ」 「でも信者ってそんなに多いんですか? これを見たらそんなに多くの信者が共同生活を送ってるようには」  パンフレットには十人ほどが住めるような木の造りの家が三軒と代表家族が住む家。  緒方さんがいうぽつぽつお相談事は、月に二、三件くらいだろうか。  それにしたって信者が三十人ほど住んでいたとして、そこから毎月二人くらい脱退希望の人が出てしまったら、あっという間に閑散としそうなものである。 「そこに住んでんのは多額の寄付金納めて一文無しの宿なしになった奴らなんだと。相談に来るのは在宅信者で、家の教えを娑婆で実行してる奴らよ。毎朝日を浴びながら深呼吸とか信者でなくてもやってるようなことから寝る前に導きの家がある方角に頭下げて感謝とかなぁ」 「それで何かご利益あるんでしょうか……」 「さぁてな。信じる者は救われる精神なんだろうよ? ただ信者が脱退できないと思う理由があってだな」  再び緒方さんが後ろの永浜さんを促すと、彼は首を横に振った。 「さっき蘇芳さんにお渡ししたままです」 「なんてこったい!」  ぺしんと自分の額を叩いた緒方さんは自ら蘇芳さんを呼び戻しに出て行き、すぐに蘇芳さんの袖を引いて座敷に落ち着いた。  そして若干気怠い様子の蘇芳さんは袂から真っ白い正方形の小箱を出した。  パカッと開けて指輪が入っているタイプではなく、茶筒のように蓋をずずずっと持ち上げるタイプの小箱だ。  蘇芳さんは小箱を緒方さんではなく、澄彦さんへと投げ渡した。  宙を舞った小箱は薄らと黒い靄を纏っていたけれど、澄彦さんが片手で払うように受け取ると靄は霧散した。
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