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澄彦さんは煩わしそうに雑な手つきで小箱を開ける。
この場であの靄が視えていなかったのは澄彦さんだけで、私と肩を触れ合わせてパンフレットを見ていた玉彦には視えていた。
なので澄彦さんの薄いというか全く警戒していない様子に玉彦は何かを言いかけたけれど、靄は消えてしまったので口を閉じた。
小箱の中身に目を落とした澄彦さんは呆れた顔をしてから小さく溜息を吐き、小箱の蓋を閉めてから玉彦に投げて寄越す。
玉彦の手に乗せられた小箱の蓋の上には導きの家と金の文字で書かれていて、白色の箱とのコントラストがなんとなく神々しさを感じさせた。
でも黒い靄を纏っていたのを視たあとなので、神々しい物ではなく、ろくでもない物が入っているんだろうと思う。
小箱に近付けて覗き込んでいた私の頭を玉彦は人差し指で押し退け、ゆっくりと開ける。
中には緩衝材の白い綿の上に、白糸で結われた黒髪が一房と干乾びた一円玉程の皮膚っぽいものが入っていた。
髪は、髪だけれど、皮膚っぽいものは何だろなと再び顔を近付けようとして、私は玉彦の言葉に動きを止めた。
「爪だ」
私が解らなかったので玉彦は親切で教えてくれたのだが、爪と聞いて背筋に悪寒が走った。
だって爪って。
小箱にあるのは爪切りで切った爪の破片などではなく、一枚まるっとなのだ。
要するに誰かの生爪である。剥がしたのか剥がされたのかは判断できないが、持ち主のどれかの指には爪が無い。
これは確かに宗教を脱退しようとしたら呪われるかもって思ってしまう。
人間の身体の一部を小箱に収め、信者が朝晩祀っていたのなら、下手をすると呪物に為り得る。
そうそう簡単には為らないが、人間の信じる心や思いというのは物に宿ることがある。
それこそ以前小町が巻き込まれた廃墟探索の建物がその顕著な例だ。
本当は何もない廃墟だったのに、お化けが出るという人間の思いが何十何百何千と積もり生み出されてしまった禍。
あれほど大きくなってしまったのは思いが多かったのが原因で、小箱はまだ持ち主か家族数人の思いだけだったから薄らな靄だけで済んだのだろうが、短期間の少人数で靄を纏ったということは余程小箱の中身にそういう作用を促す何かが仕込まれていたのだろう。
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