第十七章『当主、怒髪天を衝く 前編』

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 こういう結果になるのは解ってた、と緒方さんは力なく笑って小さな背中を丸めると、永浜さんが師匠の背中を気遣わし気に擦る。 「お伝えできただけでも良しとしときましょうよ。それにしてもお土産を自分で食べたのは良くないですよ。間違いなくあれで機嫌を損ねられ始めたんだと思いますよ!」 「違うだろ!? 先客が悪いだろうが! 油撒いて放火してたんだ!」 「だったら当主殿のお気が済むまで消火活動させておけば良かったんですよ!」 「でも可哀想だろう!」  緒方さんの見た目はパンチパーマで吠える虎のイラスト付きの上下赤いスウェット姿なので色んな誤解をされがちだけれど、中身は情に厚い御仁だ。ほんと見た目で損をしている。  師弟のやり取りに苦笑いを浮かべた玉彦は、南天さんに澄彦さんの様子を見て来る様に言い、緒方さんへ膝を向けた。 「当主の意向が解らぬ故、次代の私が勝手な判断は出来ぬが話は分かった。当主はあの有様だが、西が動くことについて異存はないと思われる」  そう伝えてから自分の前に置いたままの小箱を手に取り、髪を一房抓み出した。  私に澄彦さんが使っていた灰皿を持ってくるように言うと、緒方さんにライターを持っていないか聞いたが禁煙中とのことで、じゃあ私が澄彦さんから借りて来ると立てば、蘇芳さんが懐から鈍色のジッポーライターを貸してくれた。  さすが蘇芳さん。見た目だけ徳が高い俗世界なお坊さんである。  玉彦はライターの火で髪を炙りながら小さく宣呪言を詠い灰にすると、爪に人差し指を宛がい再び詠った。  髪は消失してしまったけれど爪はそのままで、後で山に埋めるという。  玉彦の祓いの様子をニヤニヤ見ていた緒方さんに私が小首を傾げれば、彼はにんまりと笑った。  緒方さんがにんまりすると何か企んでいる様にも見えるが、ただ笑っただけなので勘違いしてはいけない。 「次代の玉は澄と違って優しいんだなぁ」  優しいと言われた玉彦だったけれど、小さい頃から緒方さんに玉と呼ばれていることが不服なようで、何とも言えない表情を浮かべた。  そして灰皿に目を落とすとフッと笑う。
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