第十七章『当主、怒髪天を衝く 前編』

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「家を貶されたからと言って一々相手をするのは愚の骨頂である。家の名誉を守るために動く暇があるのならばその分五村に割きたい。どこでどう思われようが我らには屁でもない、が、崩え彦呼ばわりには腹立たしいものがあるのは確かである。なれど五村に被害が無い以上、我らが外で動くことは有り得ぬ。緒方は断りを入れに来ただけであり、協力を要請した訳ではない。信者が正武家を頼って来た訳でもない。故に動けぬ」  正武家はお役目に関して五村を最優先し、外から依頼されるお役目は片手間なスタンスである。  出来れば外からのお役目は引き受けたくない正武家の苦肉の策が高額のお役目料で篩いにかけることなのだけれど、本当に困っている人にはお手頃価格で、私が知っているお役目で一番最安料だったのは千円である。  高額なお役目料なのに外からのお役目が尽きないのは、地位がそれなりにありお金を持っている人ほど恨みを買ってそういった事に巻き込まれやすいのと、会社企業など働く人間や保有する建物が多い場合も不可思議な事案が発生しやすいのが理由だ。  ともかく正武家がお役目として動くには五村に被害があるか、依頼されたことなのかが重要で、自分たちの名誉の為だけに動くことはポリシーに反するのだった。  豹馬くんは得心顔で玉彦に分かったと言い、そして五村に被害かぁ……と考え込んだ。  そんな神妙に話し合っている私たちをよそに、緒方さんに絡まれていた多門は、蘇芳さんからも冗談半分でスカウトをされて口から半分魂が抜けているような感じで二人に囲まれていた。  緒方さんも蘇芳さんも多門が正武家を離れないのは承知で、でも一応唾を付けておくといった感じだろう。  それが解っている永浜さんはずーっと苦笑いを浮かべて多門に同情をしている。  多門が正武家を離れないという信頼はしている私だが、流石に熱心な緒方さんに多門の心が揺れ動くかもと心配していると、多門とばっちり目が合い、そしてなぜか頷かれたので頷き返す。  スカウトを受けないから心配すんなって意味なのかと思ったら、どうやら多門は私が許可したという意味で頷いたと思ったようで。 「申し訳ないけどオレを父と慕ってくれてる娘が居るんだよ。だから正武家からは絶対離れられない。オレが居なくなったら娘が泣くし、娘が泣いたら次代も奥方も泣くから」  洸姫を理由に持ち出した多門に玉彦は目を見開き、緒方さんは開いた口が塞がらず、蘇芳さんはじゃあ仕方ないとあっさり引き下がった。やっぱり蘇芳さんは面白がっているだけだった。
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