第十七章『当主、怒髪天を衝く 前編』

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 稀人たちの夕食が終わり、片付けが始まると洸姫は自分も寝支度をすると言って、おやすみーと手を振りながら台所から去って行った。  さぁ、ここからが大人の時間である。  片付け後のひと時が本当の雑談の場なのである。  本日はお役目がお休みだったが、稀人たちは日中全員お屋敷に居たので、澄彦さんの例の圧は全員が感じていた。  南天さんが側に仕えていたのを知っていたのであえて玉彦の稀人たちは動かなかったが、やはり気にはなっており、客人が帰った後に南天さんから情報が伝えられて共有したようだ。  そして今、テーブルの上には永浜さんから貰った導きの家のパンフレットが開かれて置かれていた。  既に皆読んだようで、眺めるだけで手に取ることはしない。  白い小箱は玉彦が天彦を連れて夕方前に山に埋めてしまったのでここにはもうない。  けれど埋める前に全員がそれを目にしていた。  私の前に広げられる格好となったパンフレットを改めて見る。  書いてある文章は何度読んでも心に響くものは無い。  小箱を見てしまったからではなく、一文一文が何かの信仰で、どこかで聞いたことのあるような言葉の連なりで、継接ぎに思えるのだ。  極楽浄土、天国、精霊、スピリチュアル……。  代表は神様のお告げがあったそうだが、一体どの神様からのお告げなのかも記されていない。  極楽浄土と言えば仏様だろうし、天国ならキリスト様あたりだろうか。神道なら八百万の神様たちである。  具体的にどの神様に信仰を寄せているのか判らない導きの家は胡散臭く、そして不気味に思えた。  次に代表の男性の写真。  白いTシャツ姿で笑顔の姿はとても気安くフレンドリーに目に映る。  写真の下にある経歴を見れば生年月日があり、歳は今年で四十九歳。  年のわりには若く見えるのは程よく日焼けして健康そうに見えるからだろう。あと髪がふさふさだから。  しっかりとした太めの眉の下にはくっきりとした二重の目。鼻はちょっと大きめで、口は笑っていて白い歯が見えていた。  正直に感想を言えば、写真だけ見れば嫌な印象は無い。  寧ろ快活そうで好感さえ持てるかもしれない。  でも私は知ってしまっている。この人は自分は髪だけ切り、信者や子供の爪を剥がす非道な男だ。
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