カクシン2

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カクシン2

 大きな波に逆らうように、小さな口でふぅーと息を吐き、町田は話を続けた。 「いじめといってもそんなに大げさなことではないんです」    補足を入れるように町田がそう言ったが、それに古田が反応する。 「いじめに大きいも小さいもないと思うよ」    言葉に熱が籠っている。確かにその通りだが、ここへ来たということはその加害者ではないことはわかる。 「落ち着け。別に彼女がやったわけではないだろ」  そもそもここからが肝心の本題だろう。変な茶々で逃すわけにはいかない。 「話を続けてもらえるかしら」  怯えているように見える町田に、桜木がゆっくりとした口調で続きを促す。  そこからもう一度息を整え、スカートを両の手でこぶしを握るようにして話し始めた。 「春休みに入る少し前から、新年度になるので吹部全体が少し、ギスギスし始めました。  私と、さっき空き教室にいた二人がトランペットを担当していて、知ってると思いますが、早紀ちゃんはサックスです。  最初はトランペットの二人が早紀ちゃんのサックスがトランペットの音を掻き消してるって文句を言い始めたんです。それからというもの文句だけでなく陰口まで言うようになって部長に注意されるほどでした。  そこから陰口はなくなったんですけど、代わりにグループから早紀ちゃんだけをハブいたり、軽く無視をするようになりました。でも早紀ちゃんは元々強くてかっこいい子だから、全然気にしてないみたいでした。だけど二人を止められなかった私は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。  だから私は二人のいないところでは早紀ちゃんと話したりしてて、ごめんねってずっと謝ってました。」 「あの部長が隠してたのはこのことだったのか」  話を遮るように、いつもよりも低い声で、そして抑えきれないといった面持ちで古田が呟いた。 「さすがにここまで聞いて黙っておくわけにはいかないわね」  そう言うと桜木は考え込むようにして厳しい視線を宙に向けた。幾分かの間をおいて、今度は別の問題を見つめるような視線を町田に向け質問した。 「神田さんとは、サックスが壊された後何か話したかしら」 「早紀ちゃんと最後に話したのは三日前の土曜日です」  迷いなく即答する町田は、このことをはっきりと覚えている様子だ。三日前なら事件の前、最後に吹奏楽部の練習があった日である。 「その日はお昼から練習だったので、練習おわりの夕方に早紀ちゃんと一緒に帰りました。その日も変わらず早紀ちゃんに対する嫌がらせはあったので、今日もごめんねって早紀ちゃんに言いました。そしたら別れ際、早紀ちゃんの方から私こそごめんねって言われました。そのごめんねがどういう意味か分かんなかったんですけど、それが早紀ちゃんと私が最後に交わした会話です」 「つまり本人からは何も聞いてないわけね。でも話してくれてありがとう。助かったわ」  桜木が町田に声を掛けた瞬間、今までの自責の念からなのか、目に涙をいっぱいいっぱいに溜め、瞬きをするごとに涙の雫が零れ落ちた。しかしそれが溢れ出すことはなかった。泣いたらだめだと言い聞かせるているのか、唇を強く結んでいる。それを見かねた桜木が町田にハンカチを差し出し「あなたが悪いわけでも弱いわけではないわ」とそっと肩を撫でた。
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