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AIを育てつつ音楽を作るVR空間でリアルがバレた話
「お待たせ、生放送ってことは、皆分かってる? 今日はスコア披露の日だよ」
パソコンの前で呟く女性が一人。口振りとモニターの映像から、配信をしていることが見受けられる。
「知ってる? SNSで見た? ありがとう。ついでにストリムのチャンネル登録ボタンも、赤背景の人は押した方がいいぞ。灰色の人は、押さないで。振りじゃないからね」
途切れ途切れに送られてくるコメントに言葉を返す。彼女がVRに使う機器を取りに行こうとしたが、また新しくチャットが来たので手を止めて律儀に応じる。
「WIAIM初見? いつもの説明をしますよー。たとえ知らなくても、雰囲気で見てくれて構わないけどね」
他人の作業なんてそう言うものだよね、と呟いて更に続ける。
「AIが音楽を作る。これがWIAIMだけど、人がどう介入するかというと、メインはAIに学習させる曲やフレーズを作ります」
曲やフレーズと言っても様々で、簡単なものでは数秒のサビのメロディだけでも読み込んでくれる。
彼女、湊ゆかりも主旋律は考えているが、伴奏まで打ち込むことは少ない。
「バックアップからやり直したり、小さい調整とか地道な作業も多いけど、今回は一段落したから完成配列を見せます」
特に知識があるわけでもない湊にとって、一番面倒なのは普段使わない楽器のスコアを読み取ることだったりする。そもそも多少は微調整する気はあるのだが、どんな風に弄れば良いのか未だにあまり分かっていない。
「抵抗が無い人は、VR空間で他の人のAIの曲とかも学習させれば良いね。でも、作っているのと別ジャンルの曲を聴かせる時は注意してくれ。大丈夫なときもあるけど、たまに変な曲しか出力しなくなっちゃうんだよ。拒否反応っていうのかな」
湊は話していると、過去に育てていたAIが拒否反応を起こし、三日間の努力が水の泡となった出来事を思い出す。
「そういう混血のAIが作った曲で交配させてもそう。一見普通の曲でもね。だから、メインで育ててるAIには基本入れない」
苦い顔で説明を終えると、湊はそもそもの目的を思い返す。
「さて……と、VRに入る準備をするよ。ちょっと待っててね」
ゴーグルを装着し、システムを起動する。
「VerMuStudio。WIAIMの愛好家が集うバーチャル空間だな!」
その辺を走る謎の球体、掲示板に火を吹く象。今更あえて触れることもないが、いつも通り気分が高鳴る。
「私のAIちゃんのスコア取引記録を見るか。うん……うん。コメントちょっと邪魔だな……この操作先週もやった気がするよ」
コントローラーを操作すれば、十畳程の部屋が目に写る。自らが配置した観葉植物やメッセージボードだのに紛れているWIAIM用の端末。そこにアクセスすると、作った曲や育てたAIの記録が見れる。
「今日は少し多いかな。この前AIが作ってくれた曲に八十人、五百件の取引がある。この調子が明日にも続けばなー」
他人の曲を読み込ませてどんな曲が出来るかは良くも悪くも全く分からない。取引履歴に残っていた八十人は、そういうランダム要素も含め、何かを作れることを楽しめる人なのだろう。湊はあまり人のAIの曲は学習させないが、取引してくれることに悪い気もしないので、完成した曲は積極的に公開したり、なんとなく人の曲も保存したりといった具合だ。
「一応目標は原曲を作ることだよ。AIが学習する最初の音の一つ。これはAIの育成というより俺自身の目標だけどね」
ジャンルにもよるが、AIを育てる上で誰もが学習させる曲というのも存在する。しかし、今のところDTMの知識に乏しい湊にとって、一曲通して完成させるというのはそれなりにハードルが高い。
「AIの目標としては、取引数が一万件突破とかかなー。あとは、再生数が五十万回とか。そこまでいけば、メディアで流れる可能性も高いし」
話してから有名になりたいような口振りになってしまったな、と思う。そろそろ待ちくたびれるかと、まばらな視聴者に気を使い、本題に入る。
「さて。良い感じの配列があるんですよー。いや、あれ? 見当たらない……」
端末のコード一覧に昨日作ったものが見当たらない。保存し忘れたかとも考えたが、悦に入って保存した後、数回は聞き返した思い出があるので絶対に違う筈なのだ。
「しょうがない、みんなの配列漁るか。ま、たまにはね」
平静を装っているが、コメントも目に入らない程には焦っていた。あと思い当たる理由は類似の音源がある位だが、AI同士で学習させるだけの配列ならまだしも、オリジナルの譜面を学ばせて被るのは稀な話である。
「広場にいる人のブースにでも行くよ」
エリアを移動する際にメニュー画面を開く。端に湊の見慣れぬ通知が来ていたが、完全に無いものとして進行していく。
「マジで無限に曲を聞きたい人にとっては良い時代だなー」
話を変えに強引な振り返りをしてはいるが、時たま考えないことでもない。一時の流行りか後世への土台となるかはわからないが、コード進行もろくすっぽ噛っていなくて作曲が出来る。それは作る側になりたかった湊にも嬉しい話だ。
「この人は自分で作曲はしないのか」
石段に座るようにして放置しているアバターの人を確認する。とりあえず早めに切り上げる為に、公開音源がある人のブースに突撃する。
「ちょくちょく別ジャンルの曲を入れてるAIがいるな。それ以外のAIの配列を何個か貰いますよー」
他人の部屋、ブースの端末を開けば、公開している曲の試聴や保存が出来る。湊は他人の曲をあまり学習させることはないが、折角なので数曲貰っていく。
「……これで終わるのあまりにあんまりかな……昔作った一回自分のブースに戻って曲を聞きます」
昨日の曲が無かった驚きが薄れるにつれ、徐々に悲しみが大きくなってくる。今回は昔から作りたかった曲なので、少なからず愛着もあった。仮に絵や小説を作る人々ならば、作品を計らずも披露することが出来なければ、何を思うのだろう。考えるまでもない。
「気を取り直して、VAIMfesの神機能をご紹介。合った楽器を使う君! これでAIの作った配列をそこそこ本格的っぽい曲として出力しますよ……今回はWIAIM解説みたいになっちゃったな……」
少々コメントのリアクションを気にしつつ、昔作った曲の再生ボタンを押し、締めの準備に入る。今は配信終わりにジングルを流しているが、たまにはこういうのも良いかもしれない。最終的に自分で聴き入っていると、質問が目に入る。
「俺はちょくちょく自分で作ったフレーズもAIに読み込ませてるね。大体非公開だけど」
他人のAIから仕入れるときは基本完成形の曲だが、たまにフレーズやメロディー単品で公開している人もいるし、読み込めない訳ではない。
しかし、VAIMfesの規約では数小節のフレーズ単体での権利主張を保証しないという旨の規約がある。仮に、自分の作ったフレーズを使って後発の使用者が曲を作り、その後に自分が似た曲を作ると、他人に曲の権利が移るかもしれない。そんな状況を回避するために、自分が注力したメロディーを出来るだけ再現したスコアを、最初に取っておく。
ならば、わざわざ書きかけのスコアも晒す必要が無いかと、湊は過去の書きかけた譜面をあまり公開しないのだ。
「このギタースコア指千切れそう? ……まあ、そういうこともあるって。うん。とりあえず、ここら辺で終了します。なんかグダってごめんね」
言われて過去に作ったギターのTAB譜を見てみると、22、4、4、と数字が振ってある。これは十センチ以上離れた位置の弦を同時に押さえなければならない事を意味する。伴奏と主旋律の概念も無い、ただ、作りたくて作ってた頃の譜面だ。
「……これで作曲なんて、笑っちゃうな」
配信が終わったことを確認してから、呟く。昔の自分にとやかく言えるほど詳しくなった訳でもないが、こんな譜面でも、今やAIとそれなりの曲を作成出来る時代になった。それなりの錬度でも、自分が作った旋律なのは変わらない。例えチップチェーンでもテクノ風にアレンジが聴いていようと、自分が好きな曲は好きであり続けるように。
「それはそうと、なんで消えてるかな……」
昨日作った曲は、完成まで伏せていた、とっておきの物だった。恐る恐る先程は触れなかった通知を確認する。
「配列の申請が却下されてる!? 類似の曲があるって、こっちは自作のスコアも学習させてんのに……」
やはり申請が通らなくて一覧から抹消されていたらしい。しかし、却下理由が釈然としない。一から自分と同じメロディーを思い付いた人でもいるのだろうか。
通知のなかに、とある曲のリンクがある。類似した曲を理由に却下されると、元の曲を辿れるというのは、にとってあまり嬉しくない発見だった。
「うん、ひとつ聞いてみるか」
ここまで来たらどれ程似ていると却下されるのか、せめて今後の参考にしようと、謎の上から目線で試聴する。
「この曲、まるで私が作った原曲そのもの……!」
似ていると言うより、同じものではないのかと、思わず作曲者の名前を見る。しかし、そこにあるのはの名前ではない。そもそも、確かに湊の曲と主旋律こそ似通っているものの、伴奏は異なる点も多い。まるで同じ曲のアレンジを行ったようにも思えるが、ゴーグル越しに湊は自信無さげな表情を浮かべる。
「このブーススゴいな……メッセージボードをゲートの正面に置いてる」
湊は曲を聴いた後、アバターをぐるぐると動かして考えていたが、作曲者のブースに行くことに決めたのだ。却下されたから、その曲を作った人のブースに行くなんて、相手は文句を言いに来たのだと勘違いしそうなものだ。
しかし、相手にもこちらの曲の申請が通知されてるかは分からないし、何より、曲が気になって仕方なかった。ただ、来てみたはいいが、それでもやはりどうしようかと出入口の近くで足を止めていた。
「こんにちは」
「ぬお!」
「VCは付けてない方ですかー?」
一応ゲーム内にVCがあることは知っているが、使っている人はほぼいない。湊は驚いて思わず仰け反ったが、普段マイクはオフのため、声は入らなかった。そんなことより、にとって大事なことがあった。
相手が可憐な女性の声だった事だ。この時点で湊の頭は無駄な回転を要する羽目になった。正直この結果は最初から最後まで何一つ予想していなかったが、何故か脳裏に浮かんだのはゲーム内で性別を偽る可能性と、それを見破る方法だった。
「ど、どうも。ところで、日焼け止めは何SPFの物を使ってますか?」
「……へ?」
相手の震える声で我に返った。まだ手遅れでないならば、変態のレッテルを貼られない為にも必死に弁明する。
「じゃなくて! あなたの曲が気になって、どうやって作ったのかも知りたいというか、興味があると言いますか」
思うように言葉が繋がらない。湊は心配そうに相手のアバターを見つめる。
「五年前、A市のパン屋の近くで思い付きました」
A市は何も変哲の無い町であり、わざわざ話したところで特定されるリスクにしかならない。しかし、にとってA市はただの町ではなかった。
「え、ベルモンドのことですか……あ、通報しないでください! ホントに変質者じゃないんです!」
ベルモンドは、地元民にとってはそこそこ人気なベーカリーで、湊も何度か足を運んだことはある。A市には他に独立したパン屋は無いため、一息に正解を当てるが、ますます不審なオーラを強くする結果となった。
「分かりますよ。最初のは少し引きましたけど……私も貴方に会いたかったので」
「えー……」
立て続けに色々なことが起こり、湊は少し頭を整理する。自分が作った曲と似た曲を探していたら、思った以上に似ていた。そこで、作り主にいきなり話し掛けられ、返答を間違えて、質問をしたら返ってきたが、また返事を間違えた所だ。
大事なのはそこではない。何故か自分の地元を知っており、会いたがっていた。
湊は少し冷静になると同時に、背筋も冷えるのを感じた。
「昔、とても素敵な曲を口ずさんでる人がいたのです。私はフレーズをほんの少し聞いただけでしたが、続きが気になりました」
色々な意味で、外では鼻歌には注意しようと思っただった。
「耳コピしてネットで調べても出てこないので、自作なのではないかと考えるようになり」
湊が沈黙している間も彼女は喋り続ける。軽い恐怖こそ覚えたが、音楽に対する熱意と推察がすさまじい。
「そして今の時代、あのフレーズを含む原曲を使ったWIAIMerと会う為、可能な限りあのフレーズを再現した配列をAIに作らせ、曲としてVerMuStudio内で登録したという訳です」
「仮に本家に先を越されたらどうしてたの?」
「そうしたら私が貴方のブースに行けますし」
湊としては、正直彼女の曲から初心者らしさは感じられず、自分のそれより多くの人に気に入って貰えそうでさえあった。
「で、結局あなたは何がしたかったんですか?」
「AIではなく、貴方が作った……この曲の原曲を聞きたいのです」
「私の編曲より、AIに任せた方が良い曲が出来るけど……」
そもそも昔、ギターを齧っただけで作ったスコアである。リードとリズムの2パートで構成された簡単な曲で、思わず返答に詰まる。
「良し悪しの話じゃありません。貴方があの時紡いだ音色が好きだったのです。あの音を聞いて、ここまで動かされたのです。どうか、お願いします」
「……分かったよ」
譲る気配の無い彼女に、湊は決心した。根負けして折れたからではない。
「私のブースに、来て」
VR越しに伝える湊の声は少し震えていた。そもそも、湊は技術も知識も浅く、日頃から熱い志を持って向き合ってもない。
それでも、たまには良いだろう。何も本気であることを避けている訳ではない。少なくとも湊はそう思っていた。なのに、もし期待を裏切ることが怖くて、この曲の最初の好きを無下にしたら。
「本当に、熱くなる術を忘れちゃうかもしれないから……」
編集したデータは無くとも、湊がAIに読み込ませるときに使用したデータは残っている。誰でも作曲が出来る時代に、自分が一から作ったスコアを聴かせるなんて、皮肉だな。湊は、再生の部分にカーソルを合わせつつ、そう思った。
「これが……あの曲の続きですか」
人になにかを与えたときは、感想を知りたがるのが人の性である。しかし湊は、彼女がこれ以上話す前に自分から切り出す。
「私、初めて自分の曲を好きになってくれる人に会ったよ。それどころか、初めて自分の曲を聴かせた相手かも。なんか、やっぱり何かを作るって楽しい」
湊は、柄にもなく心が熱くなっているのを自覚した。忘れないように、たまには思い出して、その時は自分の世界の主人公になったつもりで楽しもうと思った。
「じゃあ、そういう訳でさようなら。もしまだ君がWIAIMを続けるなら、いつかまた会えるかもね」
「しゃ、今度こそ新曲披露しますよー」
前回の配信から一週間後。再びパソコンの前でコメントと対峙する湊の姿があった。今回はVR中のコメントの位置も調整済みである。
「どうせまた披露詐欺だって? そんなことないよ! 今度は事前に確認したし!」
先週の悲劇はまあまあ湊の心に響いたので、配信をつける前にソフトを開いて新曲の確認をしてきた。
「じゃ、またVRの世界……んおっ!!」
湊があまりにも勇ましい声で驚いたのは、彼女がマイブースに待ち構えていたからだ。さっきは居なかったのも相まって、恐ろしい不意打ちを食らった。
「良ければ、一緒に作りませんか? ……曲を」
「なんで君が……」
「ストリムのアカウン……」
「怖すぎ! てか二回連続配信事故ははまずい!」
ほぼほぼ見てる人はいないが、一応そこは気にするである。そっとコメントを流し見る。
「許せない? 私の曲より泣ける!? ちょっと、私も泣きそう」
「ふふ、これからよろしくお願いします」
周りなどお構いなしに不穏なことを口走る彼女。この日を境に、湊の配信は賑やかなものとなるのだった。
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