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ダニエルが死んだ理由
ロゼの語る凄惨な過去に、ダニエルは自分の犯した罪の重さを知った。そして知らなかったでは済まされない、という正確な意味も。
見られただけではない。
俺が子供を殺したも同然だ。
絶望に絶望を足された感覚に血の気が引く。
意識を保つのがやっとだった。
だが、更に続けれられた事実はその絶望を超え、ダニエルを地獄の底へと導いていく。
這い上がることが不可能なほどの底の底へ。
私は病院で目を覚ましたわ。
三日ほど生死の境を彷徨っていたそうよ。
ゼフは良かったと、しきりに言っていたけれど、私は目覚めたくなかった。あのまま死んでいた方がマシだった。
生きていたら、嫌でも現実を知るもの。
手紙は真っ赤な嘘だった。
故郷の恋人を欺いて王都で愉しんでいた。
だから来なかった。
心の離れた恋人の母の病より、新しく出来た女と熱く交わる方が大事だった。
過去の女、猿山に住む女なんて、一夜だけで充分。栄養の足りない身体だもの。あの女と比べたら捨てるに決まってる。
知らなかった、はどうでもいいの。
あの女に仕組まれたこともどうでもいい。
私はこの目で見たのよ?
見てしまったの。
ダニエルが熱く求めていたことを。
私じゃなく、あの女を何度も抱くほど下半身を昂らせ、収まりのつかない欲の塊を。
私が病院で治療を受けれた理由を知ってる?
ゼフから聞いたわ。
血に濡れた私に、奥様を楽しませた褒美だと言って、あの女の使用人が金を投げて寄越したのよ。
その金を惨めに拾わざるを得なかったゼフの気持ち、その金で母を診ることもなく、門前払いした医者に命を救われた私の気持ち。
想像出来るかしら。
屈辱と恥辱なんてもんじゃないわ。
はらわたが煮え繰り返る憎悪で身が焼けてしまうほどよ。
ああ、そうだ。
まだ父のことを言ってなかったわね。
母が死に、ゼフは怪我を負い、娘の身に起きたことを医師から全て聞いた父は、どうしたと思う?
単身で屋敷に乗り込んで行ったのよ。
結果はゼフの二の舞で、ううん、もっと酷いわね。命まで失くしているんだから。
夜になっても帰ってこない父をゼフが探しに行ったら、病院の脇にある溝の中に捨てられてたそうよ。
原型を留めないほど顔は腫れ上がり、肩も腕も足も粉砕された血塗れの状態で。
なんで私が知ってると思う?
そんなこと、ゼフがバカ正直に私に言うわけないのは分かっているでしょう?
見舞いに来たのよ。
……違うわね。
無謀にも貴族に楯突いた平民の末路を嘲笑いに来たってところかしら。
それか、頭の悪い猿山の女に、自分の男が誰のものかを分からせるためか。
『身体は癒えたかしら。これで懲りたでしょう? 猿は人里に降りて来るものじゃないの。身の程を知りなさい。ほら、山に帰る為の資金よ。猿には充分な金額よね。土産でも買って、お前と一緒にいたガタイだけが取り柄の地味な雄猿と故郷の山で篭ってなさいな』
寝台に散らばる大金を見て思ったの。
これで完璧に死んだ。
私の愛したダニエルは、今日、この日、この瞬間に亡くなった。
バカよね。
あんな痴態を見て裏切りを知ったのに、そのせいで子も喪ったのに、私はまだ心のどこかでダニエルを愛していたの。期待していたの。
あの晩に誓った未来を夢見ていたの。
最後の肉親となった父を殺されて、あそこまで侮辱の限りを尽くされて、ようやく幻想から目が醒めた。
ダニエルは死んだ。
私の知るダニエルは、私や私の両親にこんな仕打ちなどしない。そんなこと許さない。なにより……人を痛めつけることを平気でする女を求めたりしない。
そうよね?
だから貴方は生きていてはいけないの。
ダニエルだと言ってはいけないのよ。
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