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結末
「これで良かったのか……?」
一度も振り返ることなく、生ける屍のとなったダニエルは村を去った。
見送ったのはゼフただ一人だけ。
真新しい墓石の前で佇むロゼに声をかけると、ロゼの腕に包まれた赤子が ふにゃっと大あくびする。
丸みを帯びた柔らかな頬。
ゼフが指で撫でれば、くすぐったそうに身を捩らせ、笑った。
それに、違う誰かを重ね合わせる。
もう、一生見ることの叶わなくなった、親友の朗らかな笑顔と。
ダニエルに話した過去は、概ね真実だった。
一つの小さな嘘を除けば。
ロゼは流産していない。
ロゼの身も子の身も危うかったのは事実だが、すぐに治療出来たことで命を救えたのだ。
何も知らない無垢な赤子は、ゼフを見つめて何やら一生懸命 あぶあぶ と、愛らしい小さな口を動かしている。
「あら、ゼフったらおかしいわね。この結果を望んでいたのは貴方の方じゃない。私はダニエルを見逃した。殺さなかったでしょ」
「……そうだな」
ゼフはダニエルに死んで欲しくなかった。
あんな過去だけど、最低な裏切りや痛ましいこともあったけれど。
ロゼやロゼの両親には悪いが、それでもダニエルに生きていて欲しかったのだ。
ロゼの言う通り、ダニエルが無事に村を出ることはゼフの望みだった。
間違ってない。
間違っていないのだが……。
果たしてこれで良かったのか、ゼフは見送ったダニエルの背中に一抹の不安を感じていた。
ダニエルは約束を守らない男じゃない。
一年後に帰ると言ったなら、どんな事があれ絶対に村にはやって来る。
実際、目論見通り帰って来たが、ロゼ達家族の過去を知らないダニエルは、王都で犯した自分の裏切りを隠したままロゼと結婚するつもりでいた。
それは無理。
それをしたらロゼに殺される。
ゼフとロゼがダニエルの不貞を見たことをダニエルには言えなかった。
ロゼに口止めされていたからだ。
ゼフはロゼと賭けをした。
生か死か。
ダニエル自らが己の不貞を語り、誠心誠意、謝罪と後悔の念を口にしていれば、ロゼは全てを流して許す気でいた。子供の父だ。子供から父を取り上げたくはない。
だが、ダニエルは間違えた。
不貞をなかった事として扱い、ゼフや自分の両親の気持ちに気付きもせず、憤慨するだけだったのだ。
ゼフは案じた。
このままロゼに会えば復讐される。
別人と偽って、今のロゼを見て、己の過ちを思い出し、間違いに気付かなければならない。
それが出来ないなら、無傷で逃すだけ。
たとえ、ロゼとの賭けを反故にしたとしても。
だが、ダニエルはまた間違えた。
最終的に認めたけれど、ロゼの望んだ展開ではない。遅すぎたのだ。
「ねぇ、ゼフ。もう一つの賭けは覚えているかしら。ダニエルはいない。子には父が必要だわ」
「ああ……覚えているよ。その約束は破らない」
ダニエルを逃す条件として、ロゼと結婚すること。子供の父になることをゼフは了承していた。
こんなことで、自身の初恋が実るとは思わなかったから気持ちは複雑だ。
ロゼだって本当は……いや、考えるのはよそう。ダニエルは死んだのだ。そう思わなければ、この先の未来は歩めない。俺もロゼも、残された子供も。
「ゼフは……ゼフは、私を裏切らないでいてくれる? 生涯、私だけを愛してくれる?」
「ああ、勿論だ。ロゼだけを愛するよ」
幼き頃からブレない気持ちを初めて口にした。ダニエルにも言えなかった恋心、消そうとしたのに消えなかった恋心が今、永遠に続く愛情へと変化する。
ひと月後、二人は結婚した。
その裏で、王都で一人の平民が貴族を殺めた罪で処刑された事を、知る者はいない。
捕まった平民は、大層豪華な指輪を所持していたことから、物取りの犯行だと見られていたが、指輪に刻まれた Dから愛するRへ は殺された貴族や関係者の名前を示さず、今も尚、謎として残り続けている。
( 完 )
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