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示された道
鼻先で閉められた我が家の前で、ダニエルはなす術もなかった。
扉を隔てた向こうで啜り泣きが聞こえる。
待ってももう一度開かれることはない。
先程の対応を考えれば容易に分かるのに、それでもダニエルの足は動かなかった。
だって本人だから。
間違いなく自分は正真正銘この家の息子だ。
なのに実の両親が否定した。否定された。
あれは演技などではない。
変なやり取りが流行っているわけでもない。
心底そう思ってなきゃ、久しぶりに会った息子にこんな仕打ちはしないだろう。
どうして?
なぜ、死んだなんて勘違いを?
一人になり、冷静さを取り戻したダニエルの頭を疑問が駆け巡る。
この一年は毎月欠かさず手紙を出していた。
両親には近況報告を。
ロゼにはそれに加えて、離れていても変わらぬ愛の言葉を。
帰る前にも勿論出している。
返事は求めなかった。
というより、最寄りの配達場所は山を降りた隣り村にある。年老いた両親や女性であるロゼに、険しい山道を歩かせられない。
それでも、最初の二、三ヶ月は王都にいるダニエルの元に返事は来ていた。
幼馴染のゼフが役目を買って出てくれたと書いてあったが、ゼフにだって仕事はあるし村の収入から言えば紙は高級品の部類だ。
続かなかったのも分かるし無理して欲しくもなかっ……!
そう、そうだ! ゼフだ!
ゼフのところに行こう!
両親とはこれ以上話せそうもない。
かと言って、こんなモヤモヤしたままロゼに会うことも出来ない。
幼馴染のゼフならば、この訳の分からない事態を笑い飛ばし、ダニエルをダニエルだと認識し、両親のあり得ない勘違いを一緒に正してくれるに違いなかった。
ダニエルの知るゼフは快活で、同い年なのに頼もしくて、正義感溢れる良い奴である。
一年前の記憶が、幼少期より過ごした年月の長さや絆が、躊躇うことなく絶大なる信頼を持ってゼフの元に走らせたのだ。
けれど。
「……似た別人だ。ダニエルは死んだよ」
ゼフは僅かに開けた扉から顔だけ覗かせて、幼馴染であり親友でもあったダニエルを否定した。
何の色もない声音と表情で。
抱いた希望を打ち砕くような一撃だった。
「おいっ、やめろよ! お前までそんなっ!」
でも信じない。
信じたくない。
縋るものを一瞬で取り払われたのに、幼い頃から培ってきた記憶や絆が、まだゼフは分かってくれると、そうであるべきだと、ダニエルに思わせた。
だから必死で本人だと叫ぶ。
二人しか知らない、秘密基地や悪巧みについて語って聞かせるけども。
「世の中には似た奴が三人はいるという。お前がその一人ということは理解した。ダニエルは死んだんだ。それが事実だ。いくら昔話をされようと、田舎に住む男なら誰でも通った道だろう。だからお前をダニエルと断定する要素にはならない」
「なんで信じてくれないんだっ!」
ダニエルは頭を掻きむしる。
無邪気に笑い合った日々さえ否定された。
あの日々を、無かったことにされたのだ。
苛立ちと悔しさと、どうしようもない堂々巡りに発狂しそうだった。
「……村はずれの墓地に行け。ダニエルの墓はそこにある」
「俺は生きてここにいる!」
「……それでも、行くんだ。行って確かめろ。いいか、つぶさに墓石を見るんだ。俺の言えることはそれだけだ」
閉じた扉は開かない。
でも、次なる道は示してくれた。
それが、否定しながらもダニエルをダニエルだとゼフが認めてくれた証。
ダニエルは目に見えない絆を頼りに、そう思うことで何とか自身を保ち歩き出す。
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