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ゼフの提案
「飲め……渋茶だ」
ダニエルに長居するつもりはなかった。
予想が当たっているのなら、得体の知れないモヤモヤがあろうともロゼに会いに行かなくてはならない。
ダニエルの気持ちを知ってか知らずか、いや絶対に知っていながら特大のマグカップを寄越しているのだろう。
緑色のねっとりした色や匂いに顔を顰める。
この茶は昔からダニエルの大嫌いな飲み物だ。
「なんだその顔は。渋茶は栄養満点で疲労回復効果が抜群なんだ。親友の名を騙る不届き者のダミーは長旅だったんだろう? 優しい俺は普段より五倍は濃いめに作ってやった。気遣いに感謝して有難く飲んでくれ」
なにが気遣いだ。
雑草を煮詰めたような強烈な青臭さがダニエルの鼻腔を苦しめる。見た目も茶のような水溶性はなく粘液の塊みたいになっているじゃないか。
ダニエルは撫然とゼフを見る。
こんな悪意ある茶番に付き合っているヒマはない。俺のことはいい。後回しだ。
ダニエルは矢継ぎ早に質問をする。
あの墓は誰が建てた?
あの彫りものの意味は何なんだ。
いや、心当たりはある。
というよりも、それしか考えられないだろう。あれは俺とロゼが契った晩の、
「知ってどうするんだ」
捲し立てるダニエルをゼフが冷静に遮ってきた。その様が気に食わなくてダニエルは更に声高に言い募る。
どうって……そんなの決まっているだろ!
今すぐ俺はロゼを慰めに行きたい。
だって俺は知らなかったんだ。
知らずに王都で暮らしてたんだ。
ロゼが大変な時に、身も心も傷付いていた時に側にいてあげれなかったんだぞ。
「名も無き我が子とは、俺とロゼの子供で間違いないな?」
「……あぁ」
目を逸らし、消えそうな声で肯定するゼフにダニエルの怒りが爆発した。
「なんでだ! なんでそんな大事な事を黙ってたんだ! 教えてくれなかったんだ!」
最初は届いていたじゃないか。
手紙にひと言書いてくれてたら、俺はすぐに帰って来た。帰って来れたんだ。
それさえあれば、ロゼにも我が子にも不義理なことなどしなかった。しでかさずにいれたのだ。
俺とロゼの仲は村の皆に祝福されていた。
分かってる。
皆、出稼ぎに行った俺に心配させまいと黙っていたんだよな。許容は出来ないが、その気持ちは理解出来るよ。だけど、一年ぶりに帰って来た俺にはすぐに言うべきだっただろう?
あんな、訳の分からない死亡説を話し出す前に。
「思い上がるなよ。確かに手紙は出さなかったが、それはお前を思って出さなかったんじゃない」
「……どういう意味だ」
「本当に知りたいか。その覚悟がお前にあるのか。ダニエルの偽物となったお前に」
「まだ言うか。俺は、俺がダニエルだ」
「違う。ダニエルは死んだ。お前がお前自身を、ダニエルを殺したんじゃないか」
「な、に?」
俺が俺を殺し……た?
驚愕で目を見開いた。
ゼフを凝視する。
真摯な眼差しだ。
ダニエルから目を逸らさずに、それこそが真実だと言うように。
「バカな……っ」
「バカはお前だ。なんで俺がこんな事を言うか分かるか? 分からないだろうな。だってお前は俺の知るダニエルを殺した男なんだから。それでも聞く耳があるのなら、真実を知りたい目があるのなら、話してやってもいい。ただし、その渋茶は全部飲むのが条件だ。そして飲み終えたら俺と一緒にロゼの元に行くんだ。お前が話しかけることは許さない。黙ってロゼの言葉を聞いていろ。それが出来ないならロゼに会わずに村を出て行け」
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