ゼフの温情

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ゼフの温情

ゼフに一方的に言われたことを了承したわけじゃないが、ダニエルが頷かない限り絶対に教えない、なんなら問答無用で村から叩き出す気迫を感じたので、本当に渋々、嫌々、決死の思いでドロついた粘液を飲み干した。 体格の良いゼフには昔から敵わない。 力で来られたら貧弱なダニエルに勝ち目はないだろう。 ここは大人しく従うしかないが、身体は正直な反応を示すため胃から逆流するブツが喉に迫り上がってくる。 しかし即座にゼフが、吐いても村から追いだすと本気な目で脅すもんだから、ダニエルは涙目になりながら必死で胃に押し戻していた。 気持ち悪い。 青臭さに全身が汚れてしまった気がする。 ダニエルを連れ出したゼフは、ダニエルが込み上げる吐き気と戦っている間に、すれ違った村の人々にダニエルをダニエルのそっくりさんのダミーだと、勝手に言いふらしていた。 「着いたぞ。約束は覚えているな? 破ることは考えるなよ」 「……理由を言え。納得出来ない」 懐かしいロゼの家の前。 ゼフが念押ししてくるが、幾分か具合の良くなったダニエルは、喋ることを禁じられた不服さを隠さなかった。 「お前は本当にどうしようもないな。気持ちは分かるがちょっとは状況を考えたらどうだ。なぜお前の墓があるのか、なぜお前の両親や俺がお前を死んだと言うのか。俺らがそう言うってことは、ロゼだってそう思ってると思わないのか」 それは……考えていなかった。 抜け落ちていた。 傷付いたロゼに早く会いたくて。 会って抱きしめて、生涯消えぬ傷に寄り添いながら生きていく。 産まれなかった命の悲劇を忘れない。 産まれなくても俺とロゼの子が確かに存在していたのだ。 絶対に忘れないし愛していることを伝えたかった。父親として。ロゼの夫として。 だが、言われてみれば、俺の両親さえ俺を否定したのだからロゼも否定するかもしれない。 死んだ人間が本人だと訴えても、死んだと思い込んでいるなら俺はとんだ嘘つきになる。容姿が似てるから尚更、死を冒涜するような最低な人間に見えるかもしれない。 本人なのだから似てて当たり前だが、それは俺の主観でしかなかった。 まだ謎は解けてない。 俺が死んでいる謎が。 その謎が解けていないのに、ロゼに対して本人だと名乗り出るのは危険過ぎる。 ただでさえ、ロゼは腹に宿した子を喪っているのだ。二重の苦しみを味わっている人に迂闊な事は言えない。それが正しかろうとも。 俺は今のロゼの心情を知らなかった。 状況も把握出来ていなかった。 自分の気持ちを言う前に、まずはロゼの気持ちを知るのが先だ。 「すまない、ゼフ。お前の言う通りだ。約束は守るよ。黙って聞いている。今はな」 「分かったならいい。だけど先に言っておく。渋茶を飲ませたのは俺の温情だ。ロゼの話しを聞いたらお前はたぶん……村を出ることになる。己自身の意志でな。王都にとんぼ返りは体力的にキツいだろうから、餞別を先にやったまでだ」 本当なら、渋茶すら出したくなかったと、ゼフは付け加えた。その目には色んな感情が詰め込まれていたような気がする。 読み取る前に、ゼフはダニエルに背を向けてロゼの家の扉を叩いていた。
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