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ロゼとの再会
扉が開く。
ゼフがその体格でさりげなくダニエルを背後に隠したのを、ダニエルは見逃さなかった。
声が聞こえる。
この一年、何度も恋しく思った愛しいロゼの甘く柔らかな声が。
聞いたら我慢出来なくなった。
ゼフの邪魔な背中を押しやって、この目でその姿が見たくなったのだ。
一年ぶりのロゼ。
十八から十九になったロゼは大人の色香を身に纏い、匂い立つほどの美しさを放っている。
「あら……、そちらの方は……」
「あ、ああ。驚いただろう。ダミーって名前なんだ」
ゼフはロゼの姿に見惚れているダニエルを軽く睨むと、嘘八百をペラペラ話し出す。
曰く、ダミーは口が聞けない。
曰く、ダミーは村に迷い込んだ旅行者。
疲労で道で蹲っていたところ、ゼフが見つけて保護している。体力が回復するまでゼフの家で面倒を見ることにした、と。
咄嗟に考えたにしては、よく出来ている設定だ。ゼフは初めからそのつもりでここに連れて来たんだろう。
なぜ、そんな嘘をつくのか分からないけど。
「正直、連れて来るのを迷った。だけど、亡くなったあいつの為に来たんだ。迷惑なら帰るよ」
「いやだわゼフ。迷惑なわけないじゃない。いつかこんな時が来るのをゼフも知っていたでしょう?」
「……まぁな」
「じゃあ入って。ほら、貴方も……ダミーさん、でしたよね。すぐお茶を用意するわ」
話しかけられてダニエルの心臓が跳ねた。
我に返った、というのが正解かもしれない。
ゼフと約束しなくても、ダニエルは口を開けなかっただろう。
昔から美人と評判だったけど、離れた期間にロゼは更に綺麗になっていた。
記憶の中のロゼよりも遥かに妖艶な雰囲気で、触れたらこちらもただではすまないような危険さを漂わせている。
ロゼはダニエルを認識しなかった。
顔を見ても、ひとかけらの動揺も驚きもなく、ゼフの語る嘘八百を素直に信じていた。
悲しい気持ちはある。
生きていたのね、と喜びを露わにする姿を期待した。産まれることのなかった我が子を想い、憔悴しているかもしれない、と心配だった。
慰めなければ、傍にいなければ、守らなければ、ダニエルはロゼに会うまでそう考えていた。
記憶の中のロゼが、そう思わせていたから。
記憶の中のロゼは、ダニエルが庇護すべき対象だったから。
今のロゼは違う。
少なくとも、そう感じてしまう。
ダニエルの手なんかなくとも、一人でしっかり立てる大人の女性に見えた。
纏うオーラが違って見えた。
昔はなかった芯の強さみたいなものがあるように思えた。
つまり、ロゼであってロゼじゃない。
ダニエルの知る、ロゼじゃなくなっている。
見惚れて声が出せなかったんじゃない。
いや、初めはそうだったかもしれない。
顔はロゼのままである。
愛しい恋人の、妻にしたいと願ったロゼである。
こんな感覚はおかしい。
おかしいけど確かに感じた思い、違和感に、ダニエル自身が声を出せなかったのだ。
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