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ますます混乱する男
「どうぞ。苦いけど疲れた身体には最適なお茶なの。色味や香りは強烈だけど、ダミーさんは旅行者だもの。貴方の為に用意したわ」
笑顔で出されたお茶に顔が引き攣る。
ロゼはゼフと違って本当の優しさや気遣いで出してくれたのだろうが。
渋茶再びにダニエルの冷や汗が止まらない。
すました顔で横に座るゼフは、渋茶ではなく村で馴染みの甘茶を出されていた。
ロゼの気遣いはゼフの嘘っぱちな設定のせいだろう。
しかし、声を出せないダニエルは曖昧に頭を下げてロゼの気持ちを受け取るしかなかった。
「本当によく似てるわね」
「だろう? 本人だと言われても不思議じゃないよな」
「ええ。でも……ダニエルは死んだわ。あの日に。恋人だった私が一番分かっている」
「……そうだったな」
互いに甘茶を飲みながら、思い出話しのように言い合うロゼとゼフを見て、ダニエルは放心状態になった。
ロゼが知っている……? 分かっている……?
なにを。
俺が死んだことを、と言った。
でもそんなことはあり得ない。
だって俺はここにいる。
ダニエルだと自負する自身がここに。
ロゼはダニエルが知るロゼから変わってしまった。そう感じてしまった。
なぜ違和感を抱いたのか、雰囲気よりも今のやり取りで腑に落ちてしまった。
こんな思い違いを抱いた理由は……一つしかないだろう。
たぶんロゼは、我が子を喪ったことで精神が崩れてしまったのだ。
子の父であるダニエルも側に居なかった。
一番辛い時に支えになってあげれなかった。
不安定な精神は不安定な考えを生む。
ロゼは……俺を死んだことにしたのだ。
それか、喪った子と俺が居ない喪失感がごっちゃになって、そう思い込んでしまったのだろう。
あの墓はロゼが建てたのだ。
華やかなひまわり。
墓石を囲っていたロゼの好きな花。
ゼフや両親はロゼの今の状態を鑑みて、俺を否定したんだ。
否定せずに、この真相を教えてくれたら良かったけれど、婚姻前に男女の仲になるのは許される行為ではない。
俺がロゼを抱かなければ、こんな事態を招かなかった。ロゼが傷付くことなどなかったはずなんだ。
ロゼが何らかの理由で流産して初めて、村の皆は知ったのだろう。両親は肩身の狭い思いをしたに違いない。ロゼの両親にも責められたに違いない。
俺はバカだった。
自分のことしか考えていなかった。
帰って来れたことが嬉しくて、ロゼと結婚して幸せな家庭を築けることしか頭になかった。
俺はどう償えばいいんだろう。
どうロゼに接したらいいのだろう。
「あら大変。ダミーさんの顔色が悪いわ。部屋は空いてるから少し横になった方がいいかしら」
ダニエルは頭を振った。
心の均衡が崩れているロゼに迷惑はかけたくない。
「遠慮しなくていいのよ。ここは両親と住んでた家だけど、その両親は半年前に亡くなってるの。だから部屋を貸す決定権は私にあるわ」
……え?
当たり前の事を言ったみたいな顔をしているロゼに、ダニエルは息をつめた。
一年前はロゼの両親は二人とも健在だった。
なのに、亡くなった……?
なんで、どうしてっ?!
思わず声が出そうになったダニエルをゼフの大きな声が遮る。
「こらロゼ。親切だったとしても独身の女が無闇に言うことじゃないぞ。こいつは、ダミーは渋茶が苦手なんだ。体調が悪いんじゃない」
「そうなの……そんな所もあの人に似てるのね」
「……らしいな」
「でもゼフは心配し過ぎよ。二人きりならまだしもゼフがいるから言っただけなのに」
「関係ない。俺も男だ。というか、やっぱり帰るよ。ダミーにはまだ休息が必要だ。じゃあな」
今にもロゼやゼフを問い詰めそうなダニエルを、ゼフは肩から回した腕でダニエルを締め上げる。そしてそのまま、足早にロゼ宅を後にした。
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