真実の序章

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真実の序章

ゼフは暴れるダニエルを家に連れ帰るまで離さなかった。中に入って腕の力を緩めれば、途端にダニエルは乱暴に逃れて叫び出す。 「ロゼの両親が死んだだって?! 嘘だろ?! なんで、どうしてっ! だったらロゼは、ロゼは俺のいない間にどれだけ傷付いたんだ!」 子供も喪い、両親まで喪い、一つでも辛い出来事が立て続けに起きたロゼの悲しみを思うと、ダニエルの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。 そして、何も知らず、知らされず、王都でのうのうと暮らしていた自分に酷い後悔と罪悪感と不甲斐無さで、おかしくなりそうだった。 事態はダニエルが想像していた以上のもの。 これ以上の悲劇なんて知らない。 ダニエルは激情のまま物に当たり散らす。 ゼフは黙って見ていたが、暴れ疲れたダニエルが泣きながら床に崩れ落ちると、項垂れた頭を強引に掴んで怒鳴りつけた。 「どの口がそれを言うんだっ! お前にロゼやロゼの両親のことを嘆く資格なんてないだろう?! だってそれは全部お前のせいなんだからな!」 怒りと悲しみ。 侮蔑と憐憫。 ゼフの感情を乗せた瞳がダニエルを射抜く。 そこに、偽りは見えなかった。 嘘に思えなかった。 「何で帰って来た。帰って来れたんだ。あんな裏切りをしておいてよくもっ! ……って言ってもお前は何のことだか分からないだろう。お前は昔から迂闊で、抜けてて、人の裏を読むなんて器用なことは出来ないお人好しだったから」 何かを探すように遠い目をしたゼフは、間近のダニエルなど見ていなかった。 「王都に行くと言ったお前をもっと強く止めていればと、何度も後悔した。お前の性格を知っていたのにな。でももう、過ぎたことだ。起こった事は無くならない。過去は変えようがないんだよ。だから、お前は早く出て行くんだ。これ以上、俺の口からお前を傷付ける言葉を言わせないでくれ」 背を向けたゼフが肩を震わせる。 たった一人の親友が泣いている。 ダニエルをダミーだと言い続け、頑なに認めなかったゼフが今、ダニエルをダニエルとして扱い、想い、泣いていた。 「ゼ……フ。ゼフ、お願いだ。俺は一体何をしたんだ。お前がそこまで言うんだ。俺は俺の知らない間に何かしている。全然分からないけど、きっと……そうなんだろ?」 俺を否定した両親やゼフに怒っていた。 自分の墓石に唖然となった。 刻まれた文字に愕然とした。 ロゼの心を想って焦燥し、会いたくてたまらなくなった。 ゼフは止めたのに、聞き入れなかった。 会わせてくれたのに、あまりの事実に約束を破りそうになった。 俺を殺したのは俺だと言われたことを思い出す。 嫌がらせもあるだろうけど、身体に良い渋茶を無理やり飲まされた事を思い出す。 ロゼのことも、ロゼの両親のことも、俺のせいだと、たった今言われた言葉は聞き間違いじゃない。 そもそもゼフは、誰かを傷付けるような事を言ったりしたりしなかった。 そんな卑怯で陰険で矮小な男じゃなく、誰よりも尊敬と信頼できる男気溢れた奴だった。 だから、信じる。 お前を信じるよ、ゼフ。 俺が傷付かないように、全てを隠したまま出て行かせようとしたお前の優しさを。 「はあぁ……、そうか。そうだよな。俺の知るダニエルは小心者のくせに逃げるのを嫌うバカだった。……座れ。そんな床じゃなく椅子にな。残念だが渋茶はもうないぞ」 「あってもいらねーよ」 「ははっ、だろうな」 笑うゼフの顔は村に帰って来て初めて見たけれど、どこまでも昔と同じ快活なままだ。 きっと俺もそうなんだろう。 でも知っている。 それは今だけだと言うことを。 今は、今だけは。 変わらぬ二人でいたい。 もう戻らない絆だとしても、今だけは。
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