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帰って来た男
やっとだ。
やっと帰って来たんだ。
長い道のりをかけて王都から帰郷したダニエルは、懐かしくも変わらない村の風景に目を潤ませる。
故郷を離れて一年と少し。
出稼ぎで貯めた金と土産が詰まった鞄を担ぎ直すと、はやる気持ちを堪え切れずに駆け出した。
皆、元気にしているだろうか。
両親や幼馴染のゼフに、村長や近所のおばさんおじさん達。
浮かぶ顔は多数あれど、ダニエルの頭の大半を占めるのは、将来を誓い合った愛するロゼの笑顔だった。
ああ、早く会いたい。
出稼ぎに行く前の晩、帰って来たら結婚する約束をした。その証としてロゼの初めてを貰えた最高の一夜を思い出す。
これからは死ぬまでずっと一緒だ。
もう離れないし放さない。
俺のロゼ。今日から俺だけのロゼになる。
懐に忍ばせた指輪の箱を握り、何度も心の中で求婚の言葉を繰り返す。
ダニエルは浮かれていた。
この村で、生まれ育った故郷の村で、ロゼとの幸せな未来が待っていると信じて疑わなかったのだ。
実家へ帰郷の挨拶をするまでは。
「……確かに良く似ているが、君は俺の息子のダニエルではない」
一年ぶりの息子に対して父は真顔で言った。
ダニエルは笑う。会わない間に寡黙で生真面目な父が冗談を言うようになったと。
だけど、表情が頂けない。そう思うよね母さんと同意を促すように見れば、父の隣りで立つ母もまた、真顔で父の言葉を肯定した。
笑えない冗談付きで。
「貴方がどんな理由で息子を騙るのか知りませんが、私共の息子は半年前に亡くなっております」
これには流石にダニエルの笑顔も凍り付く。
二人して一体何なんだ、と憤慨する気持ちが込み上げてきた。
故郷を離れ王都で頑張った一年間。
最初の頃は慣れない暮らしや仕事に涙することもあった。
ロゼとの将来だけじゃない。
結婚資金とは別に、親孝行のつもりで互いの両親の老後資金も稼いで来たのだ。
それなのに……っ!
ダニエルは怒りを押し込める。
久しぶりの再会で喧嘩なんてしたくない。
よく戻った、おかえりと、優しさと労いに満ちた迎えを期待していたけれど、それがなくたって、悪趣味な言葉を吐かれたって、実の両親に会えた嬉しさはあるのだ。
ダニエルは深呼吸して、カッとなった気持ちを落ち着けた。もしかしたら、自分の居ない間に村では変なやり取りが流行っているのかもしれない。
真に受けた自分が悪かったのだ。
と、無理やり納得させたダニエルは、微妙に空いた両親との距離を詰めながら、ぎこちない笑顔で母を呼んだ。
けれど。
「呼ばないで頂戴! 私は貴方の母じゃありません! ダニエルは、あの子は! 私の息子はっ……うう…、うあぁっ!」
尋常じゃないほど取り乱されて呆然となる。
泣き崩れる母を抱き寄せた父は、迷惑そうな、でもどこか苦渋を滲ませるような表情でダニエルを見もせずに吐き捨てた。
「出て、行ってくれないか。君には悪いが……息子に似た君がいると、妻も私も辛いんだ」
似ている、ではない。
本人だ。
叫びたい言葉は出て来なかった。
両親の悲痛な嘆きが嘘に見えなくて。
今のダニエルはどういうわけか両親の傷を疼かせる他人であり、害になる存在に成り果てていたのだ。
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