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弟
ミシリ
と自身のみぞおちを圧迫するものの感覚で目を覚ます。そんな俺を冷たく見下ろすのは弟の碧輝である。
「おい、飯。何回も呼んでんだろーが、阿呆。」
「足をどけろ、糞弟っ」
圧が消えるとともに新しい空気が肺を満たす。
「メシ。」
「じゃあ、それだけ伝えてくれたらいいから。」
「母さんの機嫌が悪くなったらどーしてくれるんだよ、今日は大事な仕事の日なのにさぁ。」
「あー…はいはい、すんませんね。」
「わかったなら、すぐにリビングに降りてこいよ、わかった?」
「わかったっての!」
バタン
という音と共に派手な金髪が視界から消えると一気に安堵する。
我ながら情けない。
「タバコ…どこ。」
ベッドをゴソゴソと捜索するがなかなか見つからない。
それでも諦めずに探し続けているとゴツンと後頭部に衝撃が走る。
「おい、お前はトロマなのか?」
見上げると拳を握り締めた碧輝が仁王立ちしていた。
「…………。うん、俺ってトロマ〜。」
「……」
バターンとドアを閉めて出て行く弟を静止する間もなく、
「お母さーん!愛人、腹痛いんだってー!ご飯要らないってさーー!!」
「え!俺の飯はー!」
自室で叫ぶもその声は届かず。
又ドアが開いたかと思えば薬とゼリー飲料が投げ入れられる。
「ちょ!せめてそこに置けよ、乱暴!」
「うっせぇ、役立たず。」
「って、俺の朝飯これだけ!?」
「そう、腹痛ってことにしてあるから。それ、母さんからだし。」
「せめておにぎりくれよぉ」
「ポテチなら恵んでやるけど。」
「………、お願いします。」
ベッドの上で弟に土下座する兄って絵になるだろうか、切ない。
「はぁ。とにかく愛人、お前は今日は帰ってくんな。役には立てないから。」
「…ですよねぇー。」
「じゃ!そーゆーことで!」
バタン!と勢い良くドアを閉められる。
「くそ!」
薬の箱をドアに向かって投げようとした瞬間。パッケージの<生理痛>の文字が目に入る。
「生理痛、の薬って俺に効く訳?美穂に聞こー」
やばい、俺って結構ポジティブ。
時計を見ると針は既に11時を回っている。
「やっべ!」
急ぎ制服に着替えて鞄に教科書を放り入れる。
音を立てて階段を駆け降りると母が心配そうに顔を覗かせる。
「愛人ぉ、大丈夫ぅー??」
「放っておきなよ、お母さん、愛人は昨日からクラスの女子からの差入のおかず食って腹痛かったんだってさ。」
「ちょ、お前!明菜の飯は美味いんだっての!」
「…」
弟に睨まれてからヤバイと口を噤むが母は素知らぬ様子で愛人の額に掌を押し上げてくる。
「っ!」
柔かな感触に思わず赤面してしまう俺を冷やかな目で視界に捉えて離さない弟を素直に強いと思う。
「う〜ん、熱はないかなぁ〜と思うんだけれど〜。たま、おでこ貸して?」
「ん。」
自身の額を母に近づけて触れさせる弟の色気が半端ない。
「…いつ卒業したんだろーなぁー」
またもや睨まれそうになり視線を逸らす。
「うん、大丈夫そうだね。愛人、学校には休まず行になさい。」
「だから、休む気ないっての。」
再び二人の方を見ると弟は母を正面から腰の後ろに腕を回してホールドしている。
母が見つめて離さない弟に
「たまちゃん…ちょっと照れくさいよ…。ってか恥ずかしいから。」
「え〜?そう?大丈夫だって。俺、あなたの息子だから。」
「むぅ。それもそうか。」
見事に丸めこまれる母はあれでいて関東一帯を束ねる組織の統括の妻だ。
そして、俺は長男。碧輝は次男。
額を母の額に押し当てている弟が甘えるように言う。
「ねぇ、お母さん。さっき父さんから連絡があってね。」
「えっ、徹さんから?なんて?」
「今夜、接待で帰ってこれないって…。」
目を見開らく母を抱き締めて機嫌を取ろうとする碧輝の目を逸らして落ち込んだ様子の母。栗色のウェーブした髪を優しく手櫛ですく弟を見ていると対の男女を見ているかのような感覚に陥る。「愛人」囁くように呼ばれ、そちらを向くと先に出ろと口の形で指示される。
「はいはい、お先ですーだ。」
ガチャリと玄関を開けて先に駅へ向かう。
しばらく歩くと肩を叩かれ振り返る。
「碧輝。」
「歩くのはえーよ。」
「母さんは?」
「……、なんとも。
今日、俺、早退すると思うしヨロシク。」
「なにに対して?」
「もうすぐ期末テストだろ?範囲のプリント、持って帰って来てねー。」
「クラスの女子が持って来てくれるんじゃね?」
「今日は出られないだろーが。」
「あー。明日の朝になるけどそれでいーなら。」
「上等!」
口角をニッと上げて笑う弟の金髪に違和感を感じる。
「あ、碧輝。お前、ポンパドール外したの?そんなに情緒不安定だった?」
「あー、いつもよりキツそう。あの馬鹿親父、帰ってきたらボコす。」
「その発言にドン引きだっつーの。」
「俺は許されるからいーの!」
そう宣いながら自身の前髪を纏めてポンパドールにピンで留める。
「俺さ、やっばい。父さんに似てきた。」
「身長はまだ足りないけどな。」
うるせぇと肩を殴ってくる弟の肩を抱く。
「なんだよ、うっとおしい。」
「いやー?別にぃ〜、じゃあ今夜にぃちゃん帰らないけど、よろしくな弟よ。」
「……、任せろ。」
駅に着いても女子たちの視線からは逃れられず電車に乗り込んでも視線が鬱陶しい。
「お前、大丈夫?」
「なにが?」
なにやら上機嫌の弟に声を掛けるが杞憂だったようだ。
(ああ、そうか。今日は母さんに触れられたからか。)
弟の流麗で端正な横顔を眺めているとさすがに鬱陶しがられてしまったようで顔を背けられてしまう。
「ごめんって。」
「解ってるならやめろ馬鹿。」
「馬鹿馬鹿言いすぎじゃねーの、お前。」
「あー、ごめん。」
素直すぎる弟の発言に驚くが、それ以上に電車内の視線の一人占めしている弟の成長具合に驚く。
「綺麗に成長したよなぁ…、彼女できた?」
「はぁ?彼女はいないけど?」
「好きな人は?」
「それは居る。ずっと前から。」
どことなく寂しそうな目で携帯端末に視線を落とす弟に肩を預ける。
と、少し見えてしまった画面に映のは
「……、AV?」
「ちょ!お前!母さんには言うなよ!絶対!」
「え〜、どうしよっかなぁ??お兄様!素敵!って2回唱えてくれたら内緒にしてやってもいーけどぉ?」
からかい半分で言う。
「うそ、う「お兄様、素敵。お兄様、素敵。」」
「……………、ビックリマークが足りません、失格。」
「………」
本気で睨んでくる弟に本気でビビリそうになる。
アナウンスが響く。
「渋谷ぁ、渋谷です」
「あ!」
「あ。」
助かったとばかりに勢いよく電車を降りる愛人に碧輝が問う。
「なぁ。」
「んっ?」
「もし、俺が……………」
「えっ?なんて?」
反対車線の電車の音にかき消されてしまい聞き取ることが出来なかったのだが、
「俺は、お前のにぃちゃんに産まれてこれたことは幸せだし、お前の幸せは俺の幸せ!」
一瞬見せた弟の苦しそうな顔には気づかないフリをした。
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