君のために

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 飛び交うものが流れ星なら良かった。    どこか遠い空に向かって流れ去るものであるなら、去った先がたとえ誰かの大切な場所であったとしても、僕は他人事に見ていたに違いなかった。    今日、世界から閉ざされたこの町の一角で、僕は命を落とす。 そして、残された多くの人はきっと口を揃えて言うんだ。 「二度とこのような歴史を繰り返さない」って。 あるいは、 「絶対に核兵器を使用してはならない」かな。 あぁあ……。 僕も使っていたな。そんな言葉。 軽い、軽い、何の効力もない言葉だった。 だって、そうだろう? 他人事だもの。 過去に何万人の人が死んだって、他人事だもの。 「ふっ、何か笑える。使用してはならない」って、言うのがミソだよな。 端から「作らない」じゃないじゃん? 軽い筈だよな。 最初っから、戦争のある世界を捨てる気なんて、サラサラないんだもの。 ばっちり逃げ道を残してるんだもんな。 僕だってそうだった。 そんな風に他人事に、平和を謳っていたんだ。 分かったふりして、何も分かってなんていなかった。 本気で分かろうとなんてしていなかった。 だって、他人事だったんだもの。 この世界は平和なんて本気で誰も望んでないと、砲弾が鳴り響く今ならわかる。 だって、ならないじゃん? いつまでたっても、ならないじゃん? 泣きべそをかいて、必死に訴えたって、もう何にもならない。 何もかも手遅れなんだ。 「僕が悪かった!!!お願いだからもうやめてくれよっ!!!」 腹の底から、心の底から全力で願っても、ミサイルは僕の声なんて素通りし、僕なりに精一杯生きて来た日常を、あっさりと破壊した。 僕を殺したのは誰なんだろう? テレビゲームみたいにボタン一つの操作で人を殺しておいて、なんの実感もないまま自分の家族に笑顔を向けているのだろうか? 僕の命一つでは砲撃は止まない。 止む筈もない。 だって、此処は同じ世界である筈なのに、架空の世界なんだもの。 僕は此処にいないんだ。 そうでしょう? 僕が死んでもきっと、他人事のまま、きっと、世界が終わるまで他人事のままなんだ。 『またねっ』て、明日が普通に来ると本気で信じていた。 学校で手を振って別れた時は、まさかこんな未来が待ち受けているなんて思ってもいなかった。 また明日が普通にあると信じきっていた。 僕にその明日は来ない。 僕は呪うよ。 きっと、呪う。 僕を殺しておいて、他人事に明日を生きている奴らを呪う。 僕を見殺しにしておいて、他人事に祈りを捧げる奴らを呪う。 僕が死んでも、どうせ「今日の晩御飯は何にしよう?」ほどにも考えてはくれない。 「ああ、酷いな」の一言で、テレビ番組の画面をパッと切り替えて、それで終わり。 ふっ、それって僕の命みたいだ。 とっても、とっても、軽い。 僕は呪うよ。 君は明るい未来を見ていられる其処にいて、僕は閉ざされた未来の此処にいる。 いっそのこと、みんな、みんな、死んでしまえばいいんだ。 そう呪わずにすむと思う? だって、生きたかったんだ。 もっと。 どんなにちっぽけだろうと、僕も生きたかった。 死にたくないと、心の底から叫んだ。 お願いだから、どうか、お願いだから殺さないでと、顔さえ見ることのできない他人事の人たちに向かって、ただ懇願していた。 僕はかつての僕を棚に上げて、他人事の人たちに必死に縋っていたんだ。 それに救われるって、心の何処かでまだ信じていた。 きっと、嘘だって。 砲撃なんてすぐに止んで、僕は救われるって信じていた。 命の鼓動が止まる最後まで。 最後まで、綺麗ごとの嘘っぱちばかりの世界を信じていたんだ。 でも、もしも、もしも、そんな他人事の明日を変えて――なんてことは、きっと無理だから――。 そんな力はきっと、たとえ今の君にあっても、この世界にある筈ない。 だからせめて、せめて……お願いだ。 そうでないと僕は、僕は――本気で救われない。 だって今、僕は君を他人事に見ているんだもの。 きっとこの暗闇よりもずっと、ずっと……暗いところに僕は行くんだ。 怖い、怖くて、堪らない。 君はまだ知らないから、平気で笑っていられるんだよ。 未来が明るいものだと、信じていられるんだ。 誰かにとって、其処は架空の世界なのだと気付いてもいない。 分かるよ、僕には分かる。 痛いほど君の気持ちは分かる。 僕もかつては其処にいたんだもの。 だから、願わずにはいられない。 せめて懸命に、真剣に、嘆いて欲しい。 せめて、本気で、本気になって、泣いて欲しい。 少しでも、其処が此処に変わることを遅らせられるように。 僕は此処にいたんだ。 生きて此処にいた。 君と同じでこの嘘っぱちの世界を普通に愛していた。 此処にいる君には、もうできることは何も無いんだ。 分かるよ。怖くて堪らないよね。 それでも、もう、どうしようもないんだ。 僕も今の君と同じように、そうやって怯えていた。 そして、明日を夢見ていられる他人事の奴らを呪っていた。 ああ、神様。 だからやっぱり、僕は『多分』って、逃げ道を残すよ。 呪いで世界は絶対に救えないってことは分かるから。 もう、十分だから。 僕は心から今度こそ願う。 心から平和を願う。 仕方がないと、命を奪う行為を正当化する世界を心から非難する。 いつまでも変われないこの世界から、僕だって卒業したいんだ。
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