1 ウチの兄貴について

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1 ウチの兄貴について

巷ではよくある話らしい。 兄弟や姉妹の恋人や旦那を寝盗ったりって事は。 実際、SNSでも漫画や小説でもよく見る。 でも俺にはフィクションじゃなかった。 確かに何でも欲しがる弟妹ってムカつくだろうな。 でもウチは、何でも自分のモノって兄だった。 顔も体も頭も、性格以外は全部に恵まれて生まれた癖に、4歳下の秀でた所は何も持たない弟の俺のモノまで欲しがる貪欲さ。 見た目からは想像も出来ないだろう。 実際俺だって、被害に遭ってるってのに、ある時迄わからなかった。 親にも周りにも兄貴の味方しかいねえから、取り返そうとする俺が何時も悪者にされる。 芸能人顔負けの綺麗な顔をした か弱げなΩの兄貴と、見た目からしてそこそこって容姿で、多分βだろうなって俺では、両親の期待値からして違った。 そりゃ親の気持ちもわからなくはない。 見た目だけじゃなく、頭もそれなりに優秀なΩなら、例え実家が平凡なリーマン家庭だろうが何だろうが、富裕層の良家のαに見初められる可能性大だからだ。つまり玉の輿だ。 そんな期待の星である息子が可愛くない訳がない。 それに引き換え、俺ときたら。 俗に言う、みそっかすってヤツなのかな、親からしたら。 腐ってもそんな兄貴の弟なんで見た目はそこそこなんだけど、その他はそんなに優れた所も無く。 ずっとβだろうと思われていたけれど、15の時の検査でやっとΩだという事が判明し、判明したらしたで、Ωにしては微妙、という目で見られ…。 いや、好きでなってねえわこんなん。 俺だってβでいたかったわ。βなら、こんな俺でも、普通~にそれなり~に生きられた筈だ。 俺はΩというには、中性感が皆無だった。 通説としてΩって人種は、男性でもすらりとして華奢で儚げで中性的な事が多く良い匂いがして魅惑的。 皆が皆、そうではないと思うし個人差はあるだろうが、おおまかにはそういう感じを求められてるって事だと思う。 世間的にも、α達にも。 でも俺は、細身ではあるけれど筋肉質で、なよやかな曲線は持たないし柔らかい雰囲気も儚げな風情も持たない。 顔はまずまずだと思うけど、中性的って事はない。 いわゆる、The・男子。 ……これ、Ωとして需要あるか? と不安になっちゃうような…。 いやでも、相手は必ずしも男とは限らない。 ヒートの事を考えればやはりパートナーはαの方が良いけど、女性αって事も有り得るし…。 そう、自分で自分に言い聞かせた。 両親は、何か…お前は自由に生きなさいって感じでノータッチだったな。 元々、期待値の低い、放置気味で育った子供だったし、今更Ωと言われても…って事だったのかも。 でも、誤解して欲しくないのは、俺はそんな両親の事も、何でも取り上げていく兄貴の事も、決して嫌いじゃなかった。 寧ろ兄貴に対しては、自慢の兄貴だった所もある。 それに兄貴は、何と言うか…上手かった。 取り上げた後、兄貴は俺にとても優しかった。 何なら兄貴の使い古しをくれたりして、俺はそれをとても大切にした。 あんなに可愛くて綺麗で優しい兄貴の使ったものなんだから、きっととっても良いものになってる。 兄貴の弟だって事が誇らしい。 そう思ってたガキの頃の俺に言ってやりたい。 馬鹿かと。 俺の目が覚めたのは、17の秋。 Ωになって初めて出来た恋人を兄貴に取られたからだ。 αの同級生で、元は友人の一人だった男だ。 名を雨宮という。 雨宮はαだけあってかなりイケメンだったので、告白されて付き合いだした俺はどんどん惹かれた。 友達だった時とは全然違う優しさを与えられて、愛情に飢えていた俺は浮かれた。 初めてのキスもセックスも、雨宮に捧げた。勿論、恋心も。 「卒業したら、お前と番になりたい。結婚、してくれるか?」 そいつは俺の17の誕生日の夜のセックスの後にそう言って指輪付きでプロポーズしてきて、それから僅か2週間後に俺の兄貴と寝ていた。 俺が熱っぽくてバイトを早退して帰った日に。 家に帰って2階の自室に戻る為に階段を上がって、隣の兄貴の部屋から漏れてきた匂いと、音と、声。 鼻を疑ったわ。 まさか今まさにセックス真っ最中、って丸わかりの兄貴の部屋から、自分の彼氏の匂いがするとか。 「愛してる、美樹さん、愛してる。」 紛う事無き彼氏の声でそれを聞いた時、俺の何かがぷつりと切れた。 「あっ、あん、僕も…僕もぉ! だからもっと奥にぃ…!」 天使のようだという形容詞を欲しいままにしてる兄貴の言葉とは到底思えんわ。 「樹生よりずっとずっと綺麗だ。愛してる。」 雨宮。お前って奴はぬけぬけと…。 いくら盛り上がってるからってそれはないだろ。 浮気の被害者である俺が終わるのを待ってやる義理は無いので、俺は躊躇無くドアを開けた。 2人は俺を見て一瞬固まって、雨宮はテンパり出し、兄貴はその背に隠れて薄く笑った後、泣いた。 ごめん、樹生、ごめんって。 彼氏はそれを見て、美樹さんを責めないでくれ、俺が悪いんだって言ったよ。 なんて陳腐。安っぽいドラマみたいだと思わずにはいられなかった。 その間、俺未だ一言も発してないんだけど、とにかく何時もの如く兄貴は手際良く、許さない俺を悪者にしようとした。 その時、やっとわかったんだ。 兄貴は俺を舐めてるんだな、って。 俺、馬鹿だから たったそれだけの事に気づくのに17年もかかったんだよな。 だから、許した。フリをした。 「うん、良いよ。俺は平気。」 笑って兄貴に譲った。 俺が何時ものように泣いたりぐずったりしないもんだから、兄貴は目を見開いていたし、あっさり譲られた彼氏は困惑してた。 そりゃま、普通恋人を奪われたら取り乱すのを期待するもんなんだろうな。 だからこそ、意地でも泣くかよって思ったんだけど。 心の中は2人への憎悪でドロドロ。兄貴も勿論、恋人の雨宮には殺意すら抱いた。 普通な、彼氏の身内に手ぇ出すか? でも俺はそれを押し隠した。そして2人に、一応、そうなった経緯くらいは聞かせて欲しいな、って言ったんだ。 そしたら2人して、運命感じた、だってよ。笑 だから心の中で爆笑したよ。 んな訳ねえからなって。 思えばこの時が、兄貴に対してはっきりと敵対心を抱いた時だったな。 だけど、散々辛酸を舐めさせられてきた俺は、それを顔には出さなかった。 「運命かあ。凄いね。ほんとにいるんだ、運命の番って。 それなら仕方ないよな。 運命にはかなわねえもん。 じゃあ、兄ちゃんは雨宮と番になるんだね。」 俺はにこにこ笑ってそう言ってやったよ。 おめでとう、って。その後内心では、くたばりやがれ、アバズレって思ったけどな。 彼氏の雨宮は満更でもなさそうだったけど、兄貴はまさか俺がそこ迄言うとは思ってなかったんだろうな。 少し焦ってるようにも見えた。 「運命の番にかあ。めっちゃ憧れる。 そうだ、父さんと母さんにも!」 俺は素早くスマホを打った。 引くに引けない状況にしてやる。 外堀を埋めてやったよ。 兄貴が何時も俺にするみたいに。 外面の良い良い子ちゃんの兄貴と、カッコつけしいな所のある雨宮には、有効かなって思った。 俺、知ってたんだ。 兄貴には他に本命がいるって事。 万が一にも他のαとの関係が露見したら、そっちとの関係は切れるだろうって事。 時代遅れな話だけど、Ωにはやたらと貞操観念が求められがちだから、格式高いお堅い良家のαである程に、そこが重視されるのも知ってた。 兄貴は俺が高校生だからって、そこ迄の認識は無いだろうと踏んでたんだよな? ざけんじゃねえよ。 兄貴への肉親としての情も、思慕も、雨宮への恋も愛も踏みにじられて、執着も全て憎悪に変わった。 「ありがとう、樹生。 お前には酷い事をしたのに、 それなのに俺達を許してくれるなんて。」 「…ありがと、樹生。」 「ううん、良いよ。」 兄貴はこんな時でさえ、綺麗なんだな。 顔面蒼白で、不味い事になったって焦ってるんだろうに、雨宮の前で天使な自分を壊したくなくて礼まで口にして。 ほんとに見栄っ張りなんだよなぁ。 「俺、美樹さんを愛してるんだ。」 「運命だもんね。羨ましいな。」 俺を泣かせて憂さ晴らししたいだけだった兄貴は、きっと俺を泣き寝入りさせて内々に済ませて、暫くしたら雨宮を切るつもりだったんだろう。でも俺の反応は違ってた。 そして、明日にはそこら中にこの件が広まる。 「俺の事は気にしないで幸せになれよ。」 兄貴、知ってた? 地球ってな、兄貴の為だけに回ってる訳じゃ無いらしいよ。 雨宮。 わざとらしいΩは苦手だって言いながら告って来たお前が、樹生よりずっと綺麗だから愛してる、って兄貴に言ってたの、一生忘れねえからな。 あのセリフを聞いた瞬間、俺の心は決まったんだから。 ゆっくりと復讐、してやるからな。
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