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オーシュレンの賢者
ジュンが目を覚ましたのは、自身の腹の音が切っ掛けだった。体にかかっていた毛布が、彼が上半身を起こした事で床にずり落ちる。周りを見渡せば、彼の目にはガラクタとしか思えない物が床に転がっている。
何かしらの魔物素材? と、おぼしき物や何かをかたどった像。果ては、雑に樽に押し込まれた剣。蜘蛛の巣が張った棚。お世辞を言おうにも、例えが浮かんでこない始末。
「目が覚めたか」
周りを見渡す彼に、男の低い声が聞こえた。声がした方に目をやると、そこには右手に木の杖を持つ、男がいた。男がベットに近づくと、顔が良く見える。目は鋭くて、奥底で何を考えているか分からない。
男は、ジュンの額に手を左手を当て、熱がないか確認をする。男の左頬には、何かに引き裂かれたような裂傷があった。もう治ってはいるようだが、どうも傷が深かったらしい。
「何をしに、森に入った?」
厳しい声だった。彼の行動をとがめる声。
「賢者を捜しに」
そう、ジュンが男に言えば、困ったように男は答える。
「賢者? この森にそんな奴がいるとは聞いたことはないが……」
「賢者を知らない?」
「知らないとも。第一、この森では私の他にここで暮らす人物を見たことがない。私はここで長く暮らしているが、そんなに賢い奴はそもそもここに住まないよ。こんな森に住むのは、私のような世捨て人だけだ」
ジュンは、男の話を聞いて自身の考えは甘かったと反省する。だが、彼の話を頭の中で反芻し、質問する。
「おじさんは、森で暮らしているの?」
「ああ」
「ここで何年?」
「十年はここで暮らしている」
「そんなに?」
「長く暮らしているって言ったろ?」
「何して暮らしているの?」
「そんなのお前に関係ないだろ」
まだ、質問をしようとするジュンを彼は言葉と手で押しとどめる。
「とにかく、今日はここに泊まれ、一人で帰らせる事は出来ん」
男は、優しかった。その瞳の鋭さに比べても。あちこちに傷があり、いかにも何かあったとおぼしき男性。それに、森で暮らしているにもかかわらず不便と感じている訳でもない。
第一、森で暮らしているという事自体が信じられなかった。
「ここって、オーシュレンの森?」
「それ以外に何処がある? 森が歩くのか?」
「いやないけど。本当に賢者を知らないの?」
「知らない」
「ゴーガトンは? 伝説の武器屋。俺はそれを捜してここに来た。ここに住んでいる賢者なら知っているかもって」
「誰にそんな事聞いた?」
「酒場で。C級の冒険者の人が言っていた。ここに賢者が……」
「やめろ」
一生懸命話すジュンを、男は止める。
「ゴーガトンを捜すのは諦めろ」
「なんでさ。俺は、竜狩りのガザンのように冒険者として大成したい!」
そうジュンが宣言すれば、それまでの優しい態度が豹変した
「馬鹿な事を言うな。冒険者なんて潰しの効かない仕事をするな。スマートに生きろ。全てがこれで狂う。血と肉、そして皮にまみれる人生。そんの嫌だろ? な、辞めておけ。冒険者なんて」
「それでも、俺には金がいる!」
「金なんて他で稼げばいい!」
「俺には冒険者しかない。孤児園あがりの子供には難しいことなんて」
「お前、エトワーズの所で育ったのか」
男はジュンが育った孤児園を知っていた。
「そうだよ。ガザンも育った場所さ」
「奇遇だな。俺もそこで育ったよ」
「なら分かるでしょ? 俺にはお金が……」
「俺がガザンだ」
一瞬、両者の時が止まった。
「本当に?」
「あぁ、本当だ」
「なんで、ガザンがここに」
「お前、竜狩りを知っているならその結末は知っているのか?」
そういえば、確かにどうなったかという情報は知らない。
「この右腕は、もう元のように剣を振るえない。仲間も、もういない」
酷く恐ろしい言葉が続く。
「役に立たなくなった、冒険者にはもう誰もようはない。それに、俺は失いすぎた。何もかも失った」
「本当に?」
「本当だ」
「でも、竜を倒したでしょ?」
「倒しただけさ。お前は、名誉が欲しいのか? 違うだろ?」
何とか彼に返答しようとしたジュン。だが、彼は更に最悪の事実を言った。
「ここは、ゴーガトン。元武器屋。お前が捜していた伝説の武器屋だよ」
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