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◆◆◆◆
「すみません、お忙しいのにお言葉に甘えてしまって」
助手席で小さくなっている萌々香を見て、女はふっと笑った。
「いいのよ、別に。書類届けに来ただけだからどうせ戻るところだったし。そうでなくても執行人Xに日高が殺されて、署もパニックで仕事になんないから」
小林と名乗った女は、総務部の課長らしい。
ハンドルを回す左手の薬指に、ルビーだろうか。真っ赤な石を付けた指輪が光っている。
「―――私、写真でしか見てないんだけど、八雲さんってどんな人?」
小林は興味あるんだかないんだかわからない声のトーンで言った。
「ええと……背が高くて、無駄にイケメンで、まあ、変な人なんですけど」
「変?」
「女……たらしっていうか。あとは―――」
―――嘘がわかるっていうか。
萌々香は唇を結んだ。
―――それは言わない方がいいのかな。もしかしたら刑事部の一部……日高さんや織田さんしか知らないことかもしれないし。
「あとは?」
不自然に黙った萌々香を小林が覗き込む。
「ええと、他人のことをすぐあだ名で呼んだり?」
自分で言ってからハッと気づいた。
そうだ。
八雲は誰のことも変なあだ名で呼ぶ。
自分のことも、橋本のことも、織田のことも―――。
彼だけだ。
八雲が唯一、ふざけたあだ名で呼ばないのは―――。
「やっぱり違う」
萌々香は呟いた。
「社長が、日高さんを殺すはずない」
「………………」
「何かわけがあるはず」
小林はその言葉には突っ込まずに、ただ前を向いて運転し続けた。
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